スポンサーサイト
第22回 主の御腕の預言
今回は、主の御腕の預言の考察です。
新共同訳ヨハネによる福音書17章 3節〜4節
永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。
新共同訳ヨハネによる福音書17章 22節
あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。
新共同訳ヨハネの黙示録2章 26節
勝利を得る者に、わたしの業を終わりまで守り続ける者に、わたしは、諸国の民の上に立つ権威を授けよう。
新共同訳ヨハネによる福音書14章 13節
わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。
新共同訳イザヤ書48章14節〜17節
皆、集まって聞くがよい。彼らのうちに、これを告げた者があろうか。主の愛される者が、主の御旨をバビロンに行い主の御腕となる人が、カルデア人に行うことを。わたしが宣言し、わたしが彼を呼んだ。彼を連れて来て、その道を成し遂げさせる。わたしのもとに近づいて、聞くがよい。わたしは初めから、ひそかに語ったことはない。事の起こるとき、わたしは常にそこにいる。今、主である神はわたしを遣わしその霊を与えてくださった。イスラエルの聖なる神あなたを贖う主はこう言われる。わたしは主、あなたの神わたしはあなたを教えて力をもたせあなたを導いて道を行かせる。
新共同訳ハバクク書 3章 4節
威光の輝きは日の光のようでありそのきらめきは御手から射し出でる。御力はその中に隠されている。
新共同訳マタイによる福音書 5章 14節〜16節
あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」
新共同訳マラキ書3章 1節〜3節
見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。あなたたちが待望している主は突如、その聖所に来られる。あなたたちが喜びとしている契約の使者見よ、彼が来る、と万軍の主は言われる。だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。彼は精錬する者、銀を清める者として座しレビの子らを清め金や銀のように彼らの汚れを除く。彼らが主に献げ物を正しくささげる者となるためである。
新共同訳ヨハネの黙示録3章 18節
そこで、あなたに勧める。裕福になるように、火で精錬された金をわたしから買うがよい。裸の恥をさらさないように、身に着ける白い衣を買い、また、見えるようになるために、目に塗る薬を買うがよい。
新共同訳イザヤ書53章 1節
わたしたちの聞いたことを、誰が信じえようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。
新共同訳詩編20編 5節〜7節
あなたの心の願いをかなえあなたの計らいを実現させてくださるように。我らがあなたの勝利に喜びの声をあげ我らの神の御名によって旗を掲げることができるように。主が、あなたの求めるところをすべて実現させてくださるように。今、わたしは知った主は油注がれた方に勝利を授け聖なる天から彼に答えて右の御手による救いの力を示されることを。
新共同訳イザヤ書6章 12節〜14節
主はこう言われる。見よ、わたしは彼女に向けよう平和を大河のように国々の栄えを洪水の流れのように。あなたたちは乳房に養われ抱いて運ばれ、膝の上であやされる。母がその子を慰めるようにわたしはあなたたちを慰める。エルサレムであなたたちは慰めを受ける。これを見て、あなたたちの心は喜び楽しみあなたたちの骨は青草のように育つ。主の御手は僕たちと共にあり憤りは敵に臨むことが、こうして示される。
新共同訳イザヤ書60章 1節〜4節
起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り主の栄光はあなたの上に輝く。見よ、闇は地を覆い暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で主の栄光があなたの上に現れる。国々はあなたを照らす光に向かい王たちは射し出でるその輝きに向かって歩む。目を上げて、見渡すがよい。みな集い、あなたのもとに来る。息子たちは遠くから娘たちは抱かれて、進んで来る。
新共同訳エレミヤ書 8章 11節〜13節
彼らは、おとめなるわが民の破滅を手軽に治療して平和がないのに「平和、平和」と言う。彼らは忌むべきことをして恥をさらした。しかも、恥ずかしいとは思わず嘲られていることに気づかない。それゆえ、人々が倒れるとき、彼らも倒れ彼らが罰せられるとき、彼らはつまずくと主は言われる。わたしは彼らを集めようとしたがと主は言われる。ぶどうの木にぶどうはなくいちじくの木にいちじくはない。葉はしおれ、わたしが与えたものは彼らから失われていた。
新共同訳ミカ書 7章 1節〜9節
悲しいかなわたしは夏の果物を集める者のようにぶどうの残りを摘む者のようになった。もはや、食べられるぶどうの実はなくわたしの好む初なりのいちじくもない。主の慈しみに生きる者はこの国から滅び人々の中に正しい者はいなくなった。皆、ひそかに人の命をねらい互いに網で捕らえようとする。彼らの手は悪事にたけ役人も裁判官も報酬を目当てとし名士も私欲をもって語る。しかも、彼らはそれを包み隠す。彼らの中の最善の者も茨のようであり正しい者も茨の垣に劣る。お前の見張りの者が告げる日お前の刑罰の日が来た。今や、彼らに大混乱が起こる。隣人を信じてはならない。親しい者にも信頼するな。お前のふところに安らう女にもお前の口の扉を守れ。息子は父を侮り娘は母に、嫁はしゅうとめに立ち向かう。人の敵はその家の者だ。しかし、わたしは主を仰ぎわが救いの神を待つ。わが神は、わたしの願いを聞かれる。
◆新しい約束
わたしの敵よ、わたしのことで喜ぶな。たとえ倒れても、わたしは起き上がる。たとえ闇の中に座っていても主こそわが光。わたしは主に罪を犯したので主の怒りを負わねばならないついに、主がわたしの訴えを取り上げわたしの求めを実現されるまで。主はわたしを光に導かれわたしは主の恵みの御業を見る。
新共同訳ヨハネによる福音書17章 3節〜4節
永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。
新共同訳ヨハネによる福音書17章 22節
あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。
新共同訳ヨハネの黙示録2章 26節
勝利を得る者に、わたしの業を終わりまで守り続ける者に、わたしは、諸国の民の上に立つ権威を授けよう。
新共同訳ヨハネによる福音書14章 13節
わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。
新共同訳イザヤ書48章14節〜17節
皆、集まって聞くがよい。彼らのうちに、これを告げた者があろうか。主の愛される者が、主の御旨をバビロンに行い主の御腕となる人が、カルデア人に行うことを。わたしが宣言し、わたしが彼を呼んだ。彼を連れて来て、その道を成し遂げさせる。わたしのもとに近づいて、聞くがよい。わたしは初めから、ひそかに語ったことはない。事の起こるとき、わたしは常にそこにいる。今、主である神はわたしを遣わしその霊を与えてくださった。イスラエルの聖なる神あなたを贖う主はこう言われる。わたしは主、あなたの神わたしはあなたを教えて力をもたせあなたを導いて道を行かせる。
新共同訳ハバクク書 3章 4節
威光の輝きは日の光のようでありそのきらめきは御手から射し出でる。御力はその中に隠されている。
新共同訳マタイによる福音書 5章 14節〜16節
あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」
新共同訳マラキ書3章 1節〜3節
見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。あなたたちが待望している主は突如、その聖所に来られる。あなたたちが喜びとしている契約の使者見よ、彼が来る、と万軍の主は言われる。だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。彼は精錬する者、銀を清める者として座しレビの子らを清め金や銀のように彼らの汚れを除く。彼らが主に献げ物を正しくささげる者となるためである。
新共同訳ヨハネの黙示録3章 18節
そこで、あなたに勧める。裕福になるように、火で精錬された金をわたしから買うがよい。裸の恥をさらさないように、身に着ける白い衣を買い、また、見えるようになるために、目に塗る薬を買うがよい。
新共同訳イザヤ書53章 1節
わたしたちの聞いたことを、誰が信じえようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。
新共同訳詩編20編 5節〜7節
あなたの心の願いをかなえあなたの計らいを実現させてくださるように。我らがあなたの勝利に喜びの声をあげ我らの神の御名によって旗を掲げることができるように。主が、あなたの求めるところをすべて実現させてくださるように。今、わたしは知った主は油注がれた方に勝利を授け聖なる天から彼に答えて右の御手による救いの力を示されることを。
新共同訳イザヤ書6章 12節〜14節
主はこう言われる。見よ、わたしは彼女に向けよう平和を大河のように国々の栄えを洪水の流れのように。あなたたちは乳房に養われ抱いて運ばれ、膝の上であやされる。母がその子を慰めるようにわたしはあなたたちを慰める。エルサレムであなたたちは慰めを受ける。これを見て、あなたたちの心は喜び楽しみあなたたちの骨は青草のように育つ。主の御手は僕たちと共にあり憤りは敵に臨むことが、こうして示される。
新共同訳イザヤ書60章 1節〜4節
起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り主の栄光はあなたの上に輝く。見よ、闇は地を覆い暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で主の栄光があなたの上に現れる。国々はあなたを照らす光に向かい王たちは射し出でるその輝きに向かって歩む。目を上げて、見渡すがよい。みな集い、あなたのもとに来る。息子たちは遠くから娘たちは抱かれて、進んで来る。
新共同訳エレミヤ書 8章 11節〜13節
彼らは、おとめなるわが民の破滅を手軽に治療して平和がないのに「平和、平和」と言う。彼らは忌むべきことをして恥をさらした。しかも、恥ずかしいとは思わず嘲られていることに気づかない。それゆえ、人々が倒れるとき、彼らも倒れ彼らが罰せられるとき、彼らはつまずくと主は言われる。わたしは彼らを集めようとしたがと主は言われる。ぶどうの木にぶどうはなくいちじくの木にいちじくはない。葉はしおれ、わたしが与えたものは彼らから失われていた。
新共同訳ミカ書 7章 1節〜9節
悲しいかなわたしは夏の果物を集める者のようにぶどうの残りを摘む者のようになった。もはや、食べられるぶどうの実はなくわたしの好む初なりのいちじくもない。主の慈しみに生きる者はこの国から滅び人々の中に正しい者はいなくなった。皆、ひそかに人の命をねらい互いに網で捕らえようとする。彼らの手は悪事にたけ役人も裁判官も報酬を目当てとし名士も私欲をもって語る。しかも、彼らはそれを包み隠す。彼らの中の最善の者も茨のようであり正しい者も茨の垣に劣る。お前の見張りの者が告げる日お前の刑罰の日が来た。今や、彼らに大混乱が起こる。隣人を信じてはならない。親しい者にも信頼するな。お前のふところに安らう女にもお前の口の扉を守れ。息子は父を侮り娘は母に、嫁はしゅうとめに立ち向かう。人の敵はその家の者だ。しかし、わたしは主を仰ぎわが救いの神を待つ。わが神は、わたしの願いを聞かれる。
◆新しい約束
わたしの敵よ、わたしのことで喜ぶな。たとえ倒れても、わたしは起き上がる。たとえ闇の中に座っていても主こそわが光。わたしは主に罪を犯したので主の怒りを負わねばならないついに、主がわたしの訴えを取り上げわたしの求めを実現されるまで。主はわたしを光に導かれわたしは主の恵みの御業を見る。
第21回 律法と預言者
今回は、律法と預言者の考察です。
新共同訳創世記3章 22節〜24節
主なる神は言われた。「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。
新共同訳創世記32章 27節〜29節
「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」「お前の名は何というのか」とその人が尋ね、「ヤコブです」と答えると、その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」
新共同訳ヨハネの黙示録2章 7節
耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には、神の楽園にある命の木の実を食べさせよう。」』
マタイによる福音書7章 7節〜12節
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」
新共同訳マタイによる福音書5章 17節
「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。
新共同訳出エジプト記20章 12節
あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。
新共同訳マラキ書3章22節〜24節
わが僕モーセの教えを思い起こせ。わたしは彼に、全イスラエルのためホレブで掟と定めを命じておいた。見よ、わたしは大いなる恐るべき主の日が来る前に預言者エリヤをあなたたちに遣わす。彼は父の心を子に子の心を父に向けさせる。わたしが来て、破滅をもってこの地を撃つことがないように。
新共同訳イザヤ書45章 9節〜13節
災いだ、土の器のかけらにすぎないのに自分の造り主と争う者は。粘土が陶工に言うだろうか「何をしているのかあなたの作ったものに取っ手がない」などと。災いだ、なぜ子供をもうけるのか、と父親に言いなぜ産みの苦しみをするのか、と女に問う者は。イスラエルの聖なる神、その造り主 主はこう言われる。あなたたちはしるしを求めるのか。わたしの子ら、わたしの手の業についてわたしに命ずるのか。大地を造り、その上に人間を創造したのはわたし。自分の手で天を広げその万象を指揮するもの。わたしは正義によって彼を奮い立たせその行く道をすべてまっすぐにする。彼はわたしの都を再建しわたしの捕らわれ人を釈放し報酬も賄賂も求めない。万軍の主はこう言われた。
新共同訳ハバクク書2章 4節
見よ、高慢な者を。彼の心は正しくありえない。しかし、神に従う人は信仰によって生きる。」
新共同訳創世記3章 22節〜24節
主なる神は言われた。「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。
新共同訳創世記32章 27節〜29節
「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」「お前の名は何というのか」とその人が尋ね、「ヤコブです」と答えると、その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」
新共同訳ヨハネの黙示録2章 7節
耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には、神の楽園にある命の木の実を食べさせよう。」』
マタイによる福音書7章 7節〜12節
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」
新共同訳マタイによる福音書5章 17節
「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。
新共同訳出エジプト記20章 12節
あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。
新共同訳マラキ書3章22節〜24節
わが僕モーセの教えを思い起こせ。わたしは彼に、全イスラエルのためホレブで掟と定めを命じておいた。見よ、わたしは大いなる恐るべき主の日が来る前に預言者エリヤをあなたたちに遣わす。彼は父の心を子に子の心を父に向けさせる。わたしが来て、破滅をもってこの地を撃つことがないように。
新共同訳イザヤ書45章 9節〜13節
災いだ、土の器のかけらにすぎないのに自分の造り主と争う者は。粘土が陶工に言うだろうか「何をしているのかあなたの作ったものに取っ手がない」などと。災いだ、なぜ子供をもうけるのか、と父親に言いなぜ産みの苦しみをするのか、と女に問う者は。イスラエルの聖なる神、その造り主 主はこう言われる。あなたたちはしるしを求めるのか。わたしの子ら、わたしの手の業についてわたしに命ずるのか。大地を造り、その上に人間を創造したのはわたし。自分の手で天を広げその万象を指揮するもの。わたしは正義によって彼を奮い立たせその行く道をすべてまっすぐにする。彼はわたしの都を再建しわたしの捕らわれ人を釈放し報酬も賄賂も求めない。万軍の主はこう言われた。
新共同訳ハバクク書2章 4節
見よ、高慢な者を。彼の心は正しくありえない。しかし、神に従う人は信仰によって生きる。」
第20回 見張りの預言
今回は、見張りの預言の考察です。
新共同訳ヨハネによる福音書16章 1節〜15節
これらのことを話したのは、あなたがたをつまずかせないためである。人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る。彼らがこういうことをするのは、父をもわたしをも知らないからである。しかし、これらのことを話したのは、その時が来たときに、わたしが語ったということをあなたがたに思い出させるためである。」
聖霊の働き
「初めからこれらのことを言わなかったのは、わたしがあなたがたと一緒にいたからである。今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」
新共同訳エレミヤ書23章 37節
預言者にはただ、「主は何とお答えになりましたか。主は何とお語りになりましたか」と言うがよい。
新共同訳ヨハネによる福音書 12章 48節
わたしを拒み、わたしの言葉を受け入れない者に対しては、裁くものがある。わたしの語った言葉が、終わりの日にその者を裁く。
新共同訳マルコによる福音書13章 32節〜37節
◆目を覚ましていなさい
「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」
新共同訳イザヤ書62章 6節〜7節
エルサレムよ、あなたの城壁の上にわたしは見張りを置く。昼も夜も決して黙してはならない。主に思い起こしていただく役目の者よ決して沈黙してはならない。また、主の沈黙を招いてはならない。主が再建に取りかかりエルサレムを全地の栄誉としてくださるまでは。
新共同訳マタイによる福音書24章 36節〜39節
◆目を覚ましていなさい
「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。
新共同訳イザヤ書61章 1節〜3節
主はわたしに油を注ぎ主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み捕らわれ人には自由をつながれている人には解放を告知させるために。主が恵みをお与えになる年わたしたちの神が報復される日を告知して嘆いている人々を慰めシオンのゆえに嘆いている人々に灰に代えて冠をかぶらせ嘆きに代えて喜びの香油を暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために。彼らは主が輝きを現すために植えられた正義の樫の木と呼ばれる。
新共同訳ダニエル書8章 17節
彼がわたしの立っている所に近づいて来たので、わたしは恐れてひれ伏した。彼はわたしに言った。「人の子よ、この幻は終わりの時に関するものだということを悟りなさい。」
新共同訳ダニエル書12章 2節〜4節
多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の生命に入りある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。目覚めた人々は大空の光のように輝き多くの者の救いとなった人々はとこしえに星と輝く。ダニエルよ、終わりの時が来るまで、お前はこれらのことを秘め、この書を封じておきなさい。多くの者が動揺するであろう。そして、知識は増す。」
新共同訳マタイによる福音書10章 26節
「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。
新共同訳ルカによる福音書12章 2節
覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。
新共同訳イザヤ書21章 11節〜12節
◆エドムについての預言
ドマについての託宣。セイルから、わたしを呼ぶ者がある。「見張りの者よ、今は夜の何どきか見張りの者よ、夜の何どきなのか。」見張りの者は言った。「夜明けは近づいている、しかしまだ夜なのだ。どうしても尋ねたいならば、尋ねよもう一度来るがよい。」
新共同訳イザヤ書52章 7節〜8節
いかに美しいことか山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え救いを告げあなたの神は王となられた、とシオンに向かって呼ばわる。その声に、あなたの見張りは声をあげ皆共に、喜び歌う。彼らは目の当たりに見る主がシオンに帰られるのを。
新共同訳エゼキエル書3章 17節
「人の子よ、わたしはあなたを、イスラエルの家の見張りとする。わたしの口から言葉を聞くなら、あなたはわたしに代わって彼らに警告せねばならない。
新共同訳エゼキエル書33章 2節
「人の子よ、あなたの同胞に語りかけ、彼らに言いなさい。わたしがある国に向かって剣を送るとき、その国の民は彼らの中から一人の人を選んで見張りとする。
新共同訳ミカ書4章 8節
羊の群れを見張る塔よ、娘シオンの砦よかつてあった主権が、娘エルサレムの王権がお前のもとに再び返って来る。
新共同訳ミカ書7章 4節
彼らの中の最善の者も茨のようであり正しい者も茨の垣に劣る。お前の見張りの者が告げる日お前の刑罰の日が来た。今や、彼らに大混乱が起こる。
新共同訳エレミヤ書31章 6節
見張りの者がエフライムの山に立ち呼ばわる日が来る。「立て、我らはシオンへ上ろう我らの神、主のもとへ上ろう。」
マタイによる福音書21章 28節〜44節
◆「二人の息子」のたとえ
「ところで、あなたたちはどう思うか。ある人に息子が二人いたが、彼は兄のところへ行き、『子よ、今日、ぶどう園へ行って働きなさい』と言った。兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。弟のところへも行って、同じことを言うと、弟は『お父さん、承知しました』と答えたが、出かけなかった。この二人のうち、どちらが父親の望みどおりにしたか。」彼らが「兄の方です」と言うと、イエスは言われた。「はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考え直して彼を信じようとしなかった。」
◆「ぶどう園と農夫」のたとえ
「もう一つのたとえを聞きなさい。ある家の主人がぶどう園を作り、垣を巡らし、その中に搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。さて、収穫の時が近づいたとき、収穫を受け取るために、僕たちを農夫たちのところへ送った。だが、農夫たちはこの僕たちを捕まえ、一人を袋だたきにし、一人を殺し、一人を石で打ち殺した。また、他の僕たちを前よりも多く送ったが、農夫たちは同じ目に遭わせた。そこで最後に、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。農夫たちは、その息子を見て話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺して、彼の相続財産を我々のものにしよう。』そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外にほうり出して殺してしまった。さて、ぶどう園の主人が帰って来たら、この農夫たちをどうするだろうか。」彼らは言った。「その悪人どもをひどい目に遭わせて殺し、ぶどう園は、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに貸すにちがいない。」イエスは言われた。「聖書にこう書いてあるのを、まだ読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。』だから、言っておくが、神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる。この石の上に落ちる者は打ち砕かれ、この石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。」
新共同訳詩編118編 22節〜23節
家を建てる者の退けた石が隅の親石となった。これは主の御業わたしたちの目には驚くべきこと。
新共同訳イザヤ書28章 14節〜18節
◆シオンの隅の石
嘲る者らよ、主の言葉を聞けエルサレムでこの民を治める者らよ。お前たちは言った。「我々は死と契約を結び、陰府と協定している。洪水がみなぎり溢れても、我々には及ばない。我々は欺きを避け所とし、偽りを隠れがとする。」それゆえ、主なる神はこう言われる。「わたしは一つの石をシオンに据える。これは試みを経た石堅く据えられた礎の、貴い隅の石だ。信ずる者は慌てることはない。わたしは正義を測り縄とし恵みの業を分銅とする。雹は欺きという避け所を滅ぼし水は隠れがを押し流す。お前たちが死と結んだ契約は取り消され陰府と定めた協定は実行されない。洪水がみなぎり、溢れるときお前たちは、それに踏みにじられる。」
新共同訳ゼカリヤ書4章 7節
大いなる山よ、お前は何者かゼルバベルの前では平らにされる。彼が親石を取り出せば見事、見事と叫びがあがる。」
新共同訳イザヤ書58章 1節〜14節
喉をからして叫べ、黙すな声をあげよ、角笛のように。わたしの民に、その背きをヤコブの家に、その罪を告げよ。彼らが日々わたしを尋ね求めわたしの道を知ろうと望むように。恵みの業を行い、神の裁きを捨てない民として彼らがわたしの正しい裁きを尋ね神に近くあることを望むように。何故あなたはわたしたちの断食を顧みず苦行しても認めてくださらなかったのか。見よ、断食の日にお前たちはしたい事をしお前たちのために労する人々を追い使う。見よお前たちは断食しながら争いといさかいを起こし神に逆らって、こぶしを振るう。お前たちが今しているような断食によってはお前たちの声が天で聞かれることはない。そのようなものがわたしの選ぶ断食苦行の日であろうか。葦のように頭を垂れ、粗布を敷き、灰をまくことそれを、お前は断食と呼び主に喜ばれる日と呼ぶのか。わたしの選ぶ断食とはこれではないか。悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。更に、飢えた人にあなたのパンを裂き与えさまよう貧しい人を家に招き入れ裸の人に会えば衣を着せかけ同胞に助けを惜しまないこと。そうすれば、あなたの光は曙のように射し出であなたの傷は速やかにいやされる。あなたの正義があなたを先導し主の栄光があなたのしんがりを守る。あなたが呼べば主は答えあなたが叫べば「わたしはここにいる」と言われる。軛を負わすこと、指をさすこと呪いの言葉をはくことをあなたの中から取り去るなら飢えている人に心を配り苦しめられている人の願いを満たすならあなたの光は、闇の中に輝き出であなたを包む闇は、真昼のようになる。主は常にあなたを導き焼けつく地であなたの渇きをいやし骨に力を与えてくださる。あなたは潤された園、水の涸れない泉となる。人々はあなたの古い廃虚を築き直しあなたは代々の礎を据え直す。人はあなたを「城壁の破れを直す者」と呼び「道を直して、人を再び住まわせる者」と呼ぶ。安息日に歩き回ることをやめわたしの聖なる日にしたい事をするのをやめ安息日を喜びの日と呼び主の聖日を尊ぶべき日と呼びこれを尊び、旅をするのをやめしたいことをし続けず、取り引きを慎むならそのとき、あなたは主を喜びとする。わたしはあなたに地の聖なる高台を支配させ父祖ヤコブの嗣業を享受させる。主の口がこう宣言される。
新共同訳ヨハネの黙示録1章 17節〜18節
わたしは、その方を見ると、その足もとに倒れて、死んだようになった。すると、その方は右手をわたしの上に置いて言われた。「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、また生きている者である。一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。
新共同訳マタイによる福音書16章 18節〜19節
わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」
新共同訳ゼカリヤ書9章 11節
またあなたについてはあなたと結んだ契約の血のゆえにわたしはあなたの捕らわれ人を水のない穴から解き放つ。
新共同訳ヨハネの黙示録3章 7節〜13節
◆フィラデルフィアにある教会にあてた手紙
フィラデルフィアにある教会の天使にこう書き送れ。『聖なる方、真実な方、ダビデの鍵を持つ方、この方が開けると、だれも閉じることなく、閉じると、だれも開けることがない。その方が次のように言われる。「わたしはあなたの行いを知っている。見よ、わたしはあなたの前に門を開いておいた。だれもこれを閉めることはできない。あなたは力が弱かったが、わたしの言葉を守り、わたしの名を知らないと言わなかった。見よ、サタンの集いに属して、自分はユダヤ人であると言う者たちには、こうしよう。実は、彼らはユダヤ人ではなく、偽っているのだ。見よ、彼らがあなたの足もとに来てひれ伏すようにし、わたしがあなたを愛していることを彼らに知らせよう。あなたは忍耐についてのわたしの言葉を守った。それゆえ、地上に住む人々を試すため全世界に来ようとしている試練の時に、わたしもあなたを守ろう。わたしは、すぐに来る。あなたの栄冠をだれにも奪われないように、持っているものを固く守りなさい。勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱にしよう。彼はもう決して外へ出ることはない。わたしはその者の上に、わたしの神の名と、わたしの神の都、すなわち、神のもとから出て天から下って来る新しいエルサレムの名、そして、わたしの新しい名を書き記そう。耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。」』
新共同訳ヨハネによる福音書16章 1節〜15節
これらのことを話したのは、あなたがたをつまずかせないためである。人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る。彼らがこういうことをするのは、父をもわたしをも知らないからである。しかし、これらのことを話したのは、その時が来たときに、わたしが語ったということをあなたがたに思い出させるためである。」
聖霊の働き
「初めからこれらのことを言わなかったのは、わたしがあなたがたと一緒にいたからである。今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」
新共同訳エレミヤ書23章 37節
預言者にはただ、「主は何とお答えになりましたか。主は何とお語りになりましたか」と言うがよい。
新共同訳ヨハネによる福音書 12章 48節
わたしを拒み、わたしの言葉を受け入れない者に対しては、裁くものがある。わたしの語った言葉が、終わりの日にその者を裁く。
新共同訳マルコによる福音書13章 32節〜37節
◆目を覚ましていなさい
「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」
新共同訳イザヤ書62章 6節〜7節
エルサレムよ、あなたの城壁の上にわたしは見張りを置く。昼も夜も決して黙してはならない。主に思い起こしていただく役目の者よ決して沈黙してはならない。また、主の沈黙を招いてはならない。主が再建に取りかかりエルサレムを全地の栄誉としてくださるまでは。
新共同訳マタイによる福音書24章 36節〜39節
◆目を覚ましていなさい
「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。
新共同訳イザヤ書61章 1節〜3節
主はわたしに油を注ぎ主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み捕らわれ人には自由をつながれている人には解放を告知させるために。主が恵みをお与えになる年わたしたちの神が報復される日を告知して嘆いている人々を慰めシオンのゆえに嘆いている人々に灰に代えて冠をかぶらせ嘆きに代えて喜びの香油を暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために。彼らは主が輝きを現すために植えられた正義の樫の木と呼ばれる。
新共同訳ダニエル書8章 17節
彼がわたしの立っている所に近づいて来たので、わたしは恐れてひれ伏した。彼はわたしに言った。「人の子よ、この幻は終わりの時に関するものだということを悟りなさい。」
新共同訳ダニエル書12章 2節〜4節
多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の生命に入りある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。目覚めた人々は大空の光のように輝き多くの者の救いとなった人々はとこしえに星と輝く。ダニエルよ、終わりの時が来るまで、お前はこれらのことを秘め、この書を封じておきなさい。多くの者が動揺するであろう。そして、知識は増す。」
新共同訳マタイによる福音書10章 26節
「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。
新共同訳ルカによる福音書12章 2節
覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。
新共同訳イザヤ書21章 11節〜12節
◆エドムについての預言
ドマについての託宣。セイルから、わたしを呼ぶ者がある。「見張りの者よ、今は夜の何どきか見張りの者よ、夜の何どきなのか。」見張りの者は言った。「夜明けは近づいている、しかしまだ夜なのだ。どうしても尋ねたいならば、尋ねよもう一度来るがよい。」
新共同訳イザヤ書52章 7節〜8節
いかに美しいことか山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え救いを告げあなたの神は王となられた、とシオンに向かって呼ばわる。その声に、あなたの見張りは声をあげ皆共に、喜び歌う。彼らは目の当たりに見る主がシオンに帰られるのを。
新共同訳エゼキエル書3章 17節
「人の子よ、わたしはあなたを、イスラエルの家の見張りとする。わたしの口から言葉を聞くなら、あなたはわたしに代わって彼らに警告せねばならない。
新共同訳エゼキエル書33章 2節
「人の子よ、あなたの同胞に語りかけ、彼らに言いなさい。わたしがある国に向かって剣を送るとき、その国の民は彼らの中から一人の人を選んで見張りとする。
新共同訳ミカ書4章 8節
羊の群れを見張る塔よ、娘シオンの砦よかつてあった主権が、娘エルサレムの王権がお前のもとに再び返って来る。
新共同訳ミカ書7章 4節
彼らの中の最善の者も茨のようであり正しい者も茨の垣に劣る。お前の見張りの者が告げる日お前の刑罰の日が来た。今や、彼らに大混乱が起こる。
新共同訳エレミヤ書31章 6節
見張りの者がエフライムの山に立ち呼ばわる日が来る。「立て、我らはシオンへ上ろう我らの神、主のもとへ上ろう。」
マタイによる福音書21章 28節〜44節
◆「二人の息子」のたとえ
「ところで、あなたたちはどう思うか。ある人に息子が二人いたが、彼は兄のところへ行き、『子よ、今日、ぶどう園へ行って働きなさい』と言った。兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。弟のところへも行って、同じことを言うと、弟は『お父さん、承知しました』と答えたが、出かけなかった。この二人のうち、どちらが父親の望みどおりにしたか。」彼らが「兄の方です」と言うと、イエスは言われた。「はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考え直して彼を信じようとしなかった。」
◆「ぶどう園と農夫」のたとえ
「もう一つのたとえを聞きなさい。ある家の主人がぶどう園を作り、垣を巡らし、その中に搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。さて、収穫の時が近づいたとき、収穫を受け取るために、僕たちを農夫たちのところへ送った。だが、農夫たちはこの僕たちを捕まえ、一人を袋だたきにし、一人を殺し、一人を石で打ち殺した。また、他の僕たちを前よりも多く送ったが、農夫たちは同じ目に遭わせた。そこで最後に、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。農夫たちは、その息子を見て話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺して、彼の相続財産を我々のものにしよう。』そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外にほうり出して殺してしまった。さて、ぶどう園の主人が帰って来たら、この農夫たちをどうするだろうか。」彼らは言った。「その悪人どもをひどい目に遭わせて殺し、ぶどう園は、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに貸すにちがいない。」イエスは言われた。「聖書にこう書いてあるのを、まだ読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。』だから、言っておくが、神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる。この石の上に落ちる者は打ち砕かれ、この石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。」
新共同訳詩編118編 22節〜23節
家を建てる者の退けた石が隅の親石となった。これは主の御業わたしたちの目には驚くべきこと。
新共同訳イザヤ書28章 14節〜18節
◆シオンの隅の石
嘲る者らよ、主の言葉を聞けエルサレムでこの民を治める者らよ。お前たちは言った。「我々は死と契約を結び、陰府と協定している。洪水がみなぎり溢れても、我々には及ばない。我々は欺きを避け所とし、偽りを隠れがとする。」それゆえ、主なる神はこう言われる。「わたしは一つの石をシオンに据える。これは試みを経た石堅く据えられた礎の、貴い隅の石だ。信ずる者は慌てることはない。わたしは正義を測り縄とし恵みの業を分銅とする。雹は欺きという避け所を滅ぼし水は隠れがを押し流す。お前たちが死と結んだ契約は取り消され陰府と定めた協定は実行されない。洪水がみなぎり、溢れるときお前たちは、それに踏みにじられる。」
新共同訳ゼカリヤ書4章 7節
大いなる山よ、お前は何者かゼルバベルの前では平らにされる。彼が親石を取り出せば見事、見事と叫びがあがる。」
新共同訳イザヤ書58章 1節〜14節
喉をからして叫べ、黙すな声をあげよ、角笛のように。わたしの民に、その背きをヤコブの家に、その罪を告げよ。彼らが日々わたしを尋ね求めわたしの道を知ろうと望むように。恵みの業を行い、神の裁きを捨てない民として彼らがわたしの正しい裁きを尋ね神に近くあることを望むように。何故あなたはわたしたちの断食を顧みず苦行しても認めてくださらなかったのか。見よ、断食の日にお前たちはしたい事をしお前たちのために労する人々を追い使う。見よお前たちは断食しながら争いといさかいを起こし神に逆らって、こぶしを振るう。お前たちが今しているような断食によってはお前たちの声が天で聞かれることはない。そのようなものがわたしの選ぶ断食苦行の日であろうか。葦のように頭を垂れ、粗布を敷き、灰をまくことそれを、お前は断食と呼び主に喜ばれる日と呼ぶのか。わたしの選ぶ断食とはこれではないか。悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。更に、飢えた人にあなたのパンを裂き与えさまよう貧しい人を家に招き入れ裸の人に会えば衣を着せかけ同胞に助けを惜しまないこと。そうすれば、あなたの光は曙のように射し出であなたの傷は速やかにいやされる。あなたの正義があなたを先導し主の栄光があなたのしんがりを守る。あなたが呼べば主は答えあなたが叫べば「わたしはここにいる」と言われる。軛を負わすこと、指をさすこと呪いの言葉をはくことをあなたの中から取り去るなら飢えている人に心を配り苦しめられている人の願いを満たすならあなたの光は、闇の中に輝き出であなたを包む闇は、真昼のようになる。主は常にあなたを導き焼けつく地であなたの渇きをいやし骨に力を与えてくださる。あなたは潤された園、水の涸れない泉となる。人々はあなたの古い廃虚を築き直しあなたは代々の礎を据え直す。人はあなたを「城壁の破れを直す者」と呼び「道を直して、人を再び住まわせる者」と呼ぶ。安息日に歩き回ることをやめわたしの聖なる日にしたい事をするのをやめ安息日を喜びの日と呼び主の聖日を尊ぶべき日と呼びこれを尊び、旅をするのをやめしたいことをし続けず、取り引きを慎むならそのとき、あなたは主を喜びとする。わたしはあなたに地の聖なる高台を支配させ父祖ヤコブの嗣業を享受させる。主の口がこう宣言される。
新共同訳ヨハネの黙示録1章 17節〜18節
わたしは、その方を見ると、その足もとに倒れて、死んだようになった。すると、その方は右手をわたしの上に置いて言われた。「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、また生きている者である。一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。
新共同訳マタイによる福音書16章 18節〜19節
わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」
新共同訳ゼカリヤ書9章 11節
またあなたについてはあなたと結んだ契約の血のゆえにわたしはあなたの捕らわれ人を水のない穴から解き放つ。
新共同訳ヨハネの黙示録3章 7節〜13節
◆フィラデルフィアにある教会にあてた手紙
フィラデルフィアにある教会の天使にこう書き送れ。『聖なる方、真実な方、ダビデの鍵を持つ方、この方が開けると、だれも閉じることなく、閉じると、だれも開けることがない。その方が次のように言われる。「わたしはあなたの行いを知っている。見よ、わたしはあなたの前に門を開いておいた。だれもこれを閉めることはできない。あなたは力が弱かったが、わたしの言葉を守り、わたしの名を知らないと言わなかった。見よ、サタンの集いに属して、自分はユダヤ人であると言う者たちには、こうしよう。実は、彼らはユダヤ人ではなく、偽っているのだ。見よ、彼らがあなたの足もとに来てひれ伏すようにし、わたしがあなたを愛していることを彼らに知らせよう。あなたは忍耐についてのわたしの言葉を守った。それゆえ、地上に住む人々を試すため全世界に来ようとしている試練の時に、わたしもあなたを守ろう。わたしは、すぐに来る。あなたの栄冠をだれにも奪われないように、持っているものを固く守りなさい。勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱にしよう。彼はもう決して外へ出ることはない。わたしはその者の上に、わたしの神の名と、わたしの神の都、すなわち、神のもとから出て天から下って来る新しいエルサレムの名、そして、わたしの新しい名を書き記そう。耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。」』
第19回 ニガヨモギの預言
主は何とお答えになりましたか。主は何とお語りになりましたか。
新共同訳ヨハネの黙示録 8章 1節〜13節
小羊が第七の封印を開いたとき、天は半時間ほど沈黙に包まれた。そして、わたしは七人の天使が神の御前に立っているのを見た。彼らには七つのラッパが与えられた。また、別の天使が来て、手に金の香炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に献げるためである。香の煙は、天使の手から、聖なる者たちの祈りと共に神の御前へ立ち上った。それから、天使が香炉を取り、それに祭壇の火を満たして地上へ投げつけると、雷、さまざまな音、稲妻、地震が起こった。
◆天使のラッパと災い
さて、七つのラッパを持っている七人の天使たちが、ラッパを吹く用意をした。第一の天使がラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火とが生じ、地上に投げ入れられた。地上の三分の一が焼け、木々の三分の一が焼け、すべての青草も焼けてしまった。第二の天使がラッパを吹いた。すると、火で燃えている大きな山のようなものが、海に投げ入れられた。海の三分の一が血に変わり、また、被造物で海に住む生き物の三分の一は死に、船という船の三分の一が壊された。第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃えている大きな星が、天から落ちて来て、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの人が死んだ。第四の天使がラッパを吹いた。すると、太陽の三分の一、月の三分の一、星という星の三分の一が損なわれたので、それぞれ三分の一が暗くなって、昼はその光の三分の一を失い、夜も同じようになった。また、見ていると、一羽の鷲が空高く飛びながら、大声でこう言うのが聞こえた。「不幸だ、不幸だ、不幸だ、地上に住む者たち。なお三人の天使が吹こうとしているラッパの響きのゆえに。」
新共同訳申命記29章 1節〜28節
モーセは、全イスラエルを呼び集めて言った。あなたたちは、主がエジプトの国で、ファラオおよびそのすべての家臣、またその全領土に対してなさったことを見た。あなたはその目であの大いなる試みとしるしと大いなる奇跡を見た。主はしかし、今日まで、それを悟る心、見る目、聞く耳をあなたたちにお与えにならなかった。わたしは四十年の間、荒れ野であなたたちを導いたが、あなたたちのまとう着物は古びず、足に履いた靴もすり減らなかった。あなたたちはパンを食べず、ぶどう酒も濃い酒も飲まなかった。それは、わたしがあなたたちの神、主であることを、悟らせるためであった。あなたたちがこの所に来たとき、ヘシュボンの王シホンとバシャンの王オグは我々を迎え撃つために出て来たが、我々は彼らを撃ち、彼らの国を占領して、ルベン人、ガド人、マナセの半部族の嗣業の土地とした。あなたたちはそれゆえ、この契約の言葉を忠実に守りなさい。そうすれば、あなたたちのすることはすべて成功する。今日、あなたたちは、全員あなたたちの神、主の御前に立っている。部族の長、長老、役人、イスラエルのすべての男子、その妻子、宿営内の寄留者、薪を集める者から水をくむ者に至るまでいる。それは、あなたがあなたの神、主の契約に入り、あなたの神、主が今日あなたと結ばれる呪いの誓いを交わすためであり、今日、主があなたを立てて御自分の民とし、自らあなたの神となられるためである。主がかつてあなたに告げ、先祖アブラハム、イサク、ヤコブに誓われたとおりである。わたしはあなたたちとだけ、呪いの誓いを伴うこの契約を結ぶのではなく、今日、ここで、我々の神、主の御前に我々と共に立っている者とも、今日、ここに我々と共にいない者とも結ぶのである。我々がエジプトの国にとどまっていたことも、国々の間を通って来たことも、あなたたちは、自ら通って来たので、よく知っている。あなたたちは、彼らが木や石、銀や金で造られた憎むべき偶像を持っているのを見て来た。今日、心変わりして、我々の神、主に背き、これらの国々の神々のもとに行って仕えるような男、女、家族、部族があなたたちの間にあってはならない。あなたたちの中に、毒草や苦よもぎを生ずる根があってはならない。もし、この呪いの誓いの言葉を聞いても、祝福されていると思い込み、「わたしは自分のかたくなな思いに従って歩んでも、大丈夫だ」と言うならば、潤っている者も渇いている者と共に滅びる。主はその者を決して赦そうとはされない。そのときこそ、主の怒りとねたみが燃え上がり、この書に記されている呪いの誓いがすべてその者にのしかかり、主はその名を天の下から消し去られる。主は、この律法の書に記されている契約のすべての呪いの誓いに従ってその者をイスラエルの全部族の中からえり分けて、災いをくだされる。後の世代、あなたたちの後に来る子孫も遠くの地から来る外国人も、主がこの国にくだされた災害と病を見て言うであろう。また、全土は硫黄と塩で焼けただれ、種は蒔かれず、芽は出ず、草一本生えず、主が激しく怒って覆されたソドム、ゴモラ、アドマ、ツェボイムの惨状と同じなので、国々の民はこぞって言うであろう。「なぜ主は、この国にこのようなことをなさったのか。どうしてこのように激しく怒りを燃やされたのか。」それに対して、人々は言うであろう。「彼らの先祖の神、主がエジプトの国から彼らを導き出されたとき結ばれた契約を、彼らが捨て、他の神々のもとに行って仕え、彼らの知らなかった、分け与えられたこともない神々にひれ伏したからである。主の怒りはそれゆえ、この国に向かって燃え、この書に記されている呪いがことごとく臨んだのである。主は激しい怒りと大いなる憤りをもって彼らを大地から抜き取り、他国に投げ捨てられ今日のようにされた。」隠されている事柄は、我らの神、主のもとにある。しかし、啓示されたことは、我々と我々の子孫のもとにとこしえに託されており、この律法の言葉をすべて行うことである。
新共同訳箴言5章 1節〜23節
わが子よ、わたしの知恵に耳を傾けわたしの英知に耳を向けよ。そうすれば、あなたは唇に慎みを守り知識を保つことができる。よその女の唇は蜜を滴らせその口は油よりも滑らかだ。だがやがて、苦よもぎよりも苦くなり両刃の剣のように鋭くなる。彼女の足は死へ下って行き一歩一歩と、陰府に達する。人生の道のりを計ろうともせず自分の道から外れても、知ることもない。それゆえ、子らよ、わたしに聞き従え。わたしの口の言葉からそれてはならない。あなたの道を彼女から遠ざけよ。その門口に近寄るな。あなたの栄えを他人に長寿を残酷なものに渡してはならない。よその者があなたの力に飽き足りることを許すな。異邦人の家をあなたが労した実りで満たしてはならない。さもなければ後になって肉も筋も消耗し、あなたは呻き言わなければならない。「どうして、わたしの心は諭しを憎み懲らしめをないがしろにしたのだろうか。教えてくれる人の声に聞き従わず導いてくれる人の声に耳を向けなかった。会衆の中でも、共同体の中でもわたしは最悪の者になりそうだ。」あなた自身の井戸から水を汲みあなた自身の泉から湧く水を飲め。その源は溢れ出て広場に幾筋もの流れができるであろう。その水をあなただけのものにせよ。あなたのもとにいるよその者に渡すな。あなたの水の源は祝福されよ。若いときからの妻に喜びを抱け。彼女は愛情深い雌鹿、優雅なかもしか。いつまでもその乳房によって満ち足り常にその愛に酔うがよい。わが子よどうしてよその女に酔うことがあろう異邦の女の胸を抱くことがあろう。人の歩む道は主の御目の前にある。その道を主はすべて計っておられる。主に逆らう者は自分の悪の罠にかかり自分の罪の綱が彼を捕える。諭しを受け入れることもなく重なる愚行に狂ったまま、死ぬであろう。
新共同訳エレミヤ書9章 1節〜25節
荒れ野に旅人の宿を見いだせるものならわたしはこの民を捨て彼らを離れ去るであろう。すべて、姦淫する者であり、裏切る者の集まりだ。彼らは舌を弓のように引き絞り真実ではなく偽りをもってこの地にはびこる。彼らは悪から悪へと進みわたしを知ろうとしない、と主は言われる。人はその隣人を警戒せよ。兄弟ですら信用してはならない。兄弟といっても「押しのける者(ヤコブ)」であり隣人はことごとく中傷して歩く。人はその隣人を惑わし、まことを語らない。舌に偽りを語ることを教え疲れるまで悪事を働く。欺きに欺きを重ねわたしを知ることを拒む、と主は言われる。それゆえ、万軍の主はこう言われる。見よ、わたしは娘なるわが民を火をもって溶かし、試す。まことに、彼らに対して何をすべきか。彼らの舌は人を殺す矢その口は欺いて語る。隣人に平和を約束していてもその心の中では、陥れようとたくらんでいる。これらのことをわたしは罰せずにいられようかと主は言われる。このような民に対し、わたしは必ずその悪に報いる。山々で、悲しみ嘆く声をあげ荒れ野の牧草地で、哀歌をうたえ。そこは焼き払われて、通り過ぎる人もなくなり家畜の鳴く声も聞こえなくなる。空の鳥も家畜も、ことごとく逃れ去った。わたしはエルサレムを瓦礫の山山犬の住みかとしユダの町々を荒廃させる。そこに住む者はいなくなる。知恵ある人はこれを悟れ。主の口が語られることを告げよ。何故、この地は滅びたのか。焼き払われて荒れ野となり通り過ぎる人もいない。主は言われる。「それは、彼らに与えたわたしの教えを彼らが捨て、わたしの声に聞き従わず、それによって歩むことをしなかったからだ。」彼らは、そのかたくなな心に従い、また、先祖が彼らに教え込んだようにバアルに従って歩んだ。それゆえ、イスラエルの神、万軍の主は言われる。「見よ、わたしはこの民に苦よもぎを食べさせ、毒の水を飲ませる。彼らを、彼ら自身も先祖も知らなかった国々の中に散らし、その後から剣を送って彼らを滅ぼし尽くす。」万軍の主はこう言われる。事態を見極め、泣き女を招いて、ここに来させよ。巧みな泣き女を迎えにやり、ここに来させよ。急がせよ、我々のために嘆きの歌をうたわせよ。我々の目は涙を流しまぶたは水を滴らせる。嘆きの声がシオンから聞こえる。いかに、我々は荒らし尽くされたことか。甚だしく恥を受けたことか。まことに、我々はこの地を捨て自分の住まいを捨て去った。女たちよ、主の言葉を聞け。耳を傾けて、主の口の言葉を受け入れよ。あなたたちの仲間に、嘆きの歌を教え互いに哀歌を学べ。死は窓に這い上がり城郭の中に入り込む。通りでは幼子を、広場では若者を滅ぼす。このように告げよ、と主は言われる。人間のしかばねが野の面を糞土のように覆っている。刈り入れる者の後ろに落ちて集める者もない束のように。主はこう言われる。知恵ある者は、その知恵を誇るな。力ある者は、その力を誇るな。富ある者は、その富を誇るな。むしろ、誇る者は、この事を誇るがよい目覚めてわたしを知ることを。わたしこそ主。この地に慈しみと正義と恵みの業を行う事その事をわたしは喜ぶ、と主は言われる。見よ、時が来る、と主は言われる。そのとき、わたしは包皮に割礼を受けた者をことごとく罰する。エジプト、ユダ、エドムアンモンの人々、モアブすべて荒れ野に住みもみ上げの毛を切っている人々すなわち割礼のない諸民族をことごとく罰しまた、心に割礼のないイスラエルの家をすべて罰する。
新共同訳エレミヤ書23章 1節〜40節
「災いだ、わたしの牧場の羊の群れを滅ぼし散らす牧者たちは」と主は言われる。それゆえ、イスラエルの神、主はわたしの民を牧する牧者たちについて、こう言われる。「あなたたちは、わたしの羊の群れを散らし、追い払うばかりで、顧みることをしなかった。わたしはあなたたちの悪い行いを罰する」と主は言われる。「このわたしが、群れの残った羊を、追いやったあらゆる国々から集め、もとの牧場に帰らせる。群れは子を産み、数を増やす。彼らを牧する牧者をわたしは立てる。群れはもはや恐れることも、おびえることもなく、また迷い出ることもない」と主は言われる。見よ、このような日が来る、と主は言われる。わたしはダビデのために正しい若枝を起こす。王は治め、栄えこの国に正義と恵みの業を行う。彼の代にユダは救われイスラエルは安らかに住む。彼の名は、「主は我らの救い」と呼ばれる。それゆえ、見よ、このような日が来る、と主は言われる。人々はもはや、「イスラエルの人々をエジプトの国から導き上った主は生きておられる」と言って誓わず、「イスラエルの家の子孫を、北の国や、彼が追いやられた国々から導き上り、帰らせて自分の国に住まわせた主は生きておられる」と言って誓うようになる。
◆預言者に対する言葉
預言者たちについて。わたしの心臓はわたしのうちに破れ骨はすべて力を失った。わたしは酔いどれのように酒にのまれた男のようになった。それは、主のゆえその聖なる言葉のゆえである。姦淫する者がこの国に満ちている。国土は呪われて喪に服し荒れ野の牧場も干上がる。彼らは悪の道を走り不正にその力を使う。預言者も祭司も汚れ神殿の中でさえわたしは彼らの悪を見たと主は言われる。それゆえ、彼らの道はすべる岩のようになり彼らは暗闇の中を追われて倒れる。わたしが彼らに災いを彼らを罰する年を臨ませるからだと主は言われる。わたしは、サマリアの預言者たちにあるまじき行いを見た。彼らはバアルによって預言しわが民イスラエルを迷わせた。わたしは、エルサレムの預言者たちの間におぞましいことを見た。姦淫を行い、偽りに歩むことである。彼らは悪を行う者の手を強めだれひとり悪から離れられない。彼らは皆、わたしにとってソドムのよう彼らと共にいる者はゴモラのようだ。それゆえ、万軍の主は預言者たちについてこう言われる。見よ、わたしは彼らに苦よもぎを食べさせ毒の水を飲ませる。エルサレムの預言者たちから汚れが国中に広がったからだ。万軍の主はこう言われる。お前たちに預言する預言者たちの言葉を聞いてはならない。彼らはお前たちに空しい望みを抱かせ主の口の言葉ではなく、自分の心の幻を語る。わたしを侮る者たちに向かって彼らは常に言う。「平和があなたたちに臨むと主が語られた」と。また、かたくなな心のままに歩む者に向かって「災いがあなたたちに来ることはない」と言う。誰が主の会議に立ちまた、その言葉を見聞きしたか。誰が耳を傾けて、その言葉を聞いたか。見よ、主の嵐が激しく吹きつむじ風が巻き起こって神に逆らう者らの頭上に渦を巻く。主の怒りは思い定められた事を成し遂げるまではやまない。終わりの日に、お前たちはこのことをはっきりと悟る。 わたしが遣わさないのに預言者たちは走る。わたしは彼らに語っていないのに彼らは預言する。もし、彼らがわたしの会議に立ったのならわが民にわたしの言葉を聞かせ彼らの悪い道、悪の行いから帰らせることができたであろう。わたしはただ近くにいる神なのか、と主は言われる。わたしは遠くからの神ではないのか。誰かが隠れ場に身を隠したならわたしは彼を見つけられないと言うのかと主は言われる。天をも地をも、わたしは満たしているではないかと主は言われる。わたしは、わが名によって偽りを預言する預言者たちが、「わたしは夢を見た、夢を見た」と言うのを聞いた。いつまで、彼らはこうなのか。偽りを預言し、自分の心が欺くままに預言する預言者たちは、互いに夢を解き明かして、わが民がわたしの名を忘れるように仕向ける。彼らの父祖たちがバアルのゆえにわたしの名を忘れたように。夢を見た預言者は夢を解き明かすがよい。しかし、わたしの言葉を受けた者は、忠実にわたしの言葉を語るがよい。もみ殻と穀物が比べものになろうかと主は言われる。このように、わたしの言葉は火に似ていないか。岩を打ち砕く槌のようではないか、と主は言われる。それゆえ、見よ、わたしは仲間どうしでわたしの言葉を盗み合う預言者たちに立ち向かう、と主は言われる。見よ、わたしは自分の舌先だけで、その言葉を「託宣」と称する預言者たちに立ち向かう、と主は言われる。見よ、わたしは偽りの夢を預言する者たちに立ち向かう、と主は言われる。彼らは、それを解き明かして、偽りと気まぐれをもってわが民を迷わせた。わたしは、彼らを遣わしたことも、彼らに命じたこともない。彼らはこの民に何の益ももたらさない、と主は言われる。もし、この民が――預言者であれ祭司であれ――あなたに、「主の託宣(マッサ)とは何か」と問うならば、彼らに、「お前たちこそ重荷(マッサ)だ。わたしはお前たちを投げ捨てる、と主は言われる」と答えるがよい。預言者にせよ、祭司にせよ、民にせよ、「主の託宣だ」と言う者があれば、わたしはその人とその家を罰する。お前たちは、ただ隣人や兄弟の間で互いに、「主は何とお答えになりましたか。主は何とお語りになりましたか」とだけ言うがよい。「主の託宣だ」という言い方を二度としてはならない。なぜなら、お前たちは勝手に自分の言葉を託宣とし、生ける神である我らの神、万軍の主の言葉を曲げたからだ。預言者にはただ、「主は何とお答えになりましたか。主は何とお語りになりましたか」と言うがよい。もし、お前たちが、「主の託宣だ」と言うなら、主はこう言われる。「お前たちは、『主の託宣だ』と言ってはならないと命じておいたのに、『主の託宣だ』というこの言葉を語ったので、見よ、わたしはお前たちを全く退け、お前たちと父祖たちに与えたこの都と共に、お前たちをわたしの前から捨て去る。そしてお前たちに、決して忘れえない永久の恥と永久の辱めを与える。」
◆良いいちじくと悪いいちじく
新共同訳アモス書5章 1節〜27節
イスラエルの家よ、この言葉を聞け。わたしがお前たちについてうたう悲しみの歌を。「おとめイスラエルは倒れて再び起き上がらず地に捨てられて助け起こす者はいない。」まことに、主なる神はこう言われる。「イスラエルの家では千人の兵を出した町に、生き残るのは百人百人の兵を出した町に、生き残るのは十人。」
◆わたしを求めて生きよ
まことに、主はイスラエルの家にこう言われる。わたしを求めよ、そして生きよ。しかし、ベテルに助けを求めるなギルガルに行くなベエル・シェバに赴くな。ギルガルは必ず捕らえ移されベテルは無に帰するから。主を求めよ、そして生きよ。さもないと主は火のようにヨセフの家に襲いかかり火が燃え盛ってもベテルのためにその火を消す者はない。裁きを苦よもぎに変え正しいことを地に投げ捨てる者よ。すばるとオリオンを造り闇を朝に変え昼を暗い夜にし海の水を呼び集めて地の面に注がれる方。その御名は主。主が突如として砦に破滅をもたらされるとその堅固な守りは破滅する。彼らは町の門で訴えを公平に扱う者を憎み真実を語る者を嫌う。お前たちは弱い者を踏みつけ彼らから穀物の貢納を取り立てるゆえ切り石の家を建ててもそこに住むことはできない。見事なぶどう畑を作ってもその酒を飲むことはできない。お前たちの咎がどれほど多いかその罪がどれほど重いか、わたしは知っている。お前たちは正しい者に敵対し、賄賂を取り町の門で貧しい者の訴えを退けている。それゆえ、知恵ある者はこの時代に沈黙する。まことに、これは悪い時代だ。善を求めよ、悪を求めるなお前たちが生きることができるために。そうすれば、お前たちが言うように万軍の神なる主はお前たちと共にいてくださるだろう。悪を憎み、善を愛せよまた、町の門で正義を貫け。あるいは、万軍の神なる主がヨセフの残りの者を憐れんでくださることもあろう。
◆裁きの日
それゆえ、万軍の神なる主はこう言われる。どの広場にも嘆きが起こりどの通りにも泣き声があがる。悲しむために農夫が嘆くために泣き男が呼ばれる。どのぶどう畑にも嘆きが起こる。わたしがお前たちの中を通るからだと主は言われる。災いだ、主の日を待ち望む者は。主の日はお前たちにとって何か。それは闇であって、光ではない。人が獅子の前から逃れても熊に会い家にたどりついても壁に手で寄りかかるとその手を蛇にかまれるようなものだ。主の日は闇であって、光ではない。暗闇であって、輝きではない。
◆祭りにまさる正義
わたしはお前たちの祭りを憎み、退ける。祭りの献げ物の香りも喜ばない。たとえ、焼き尽くす献げ物をわたしにささげても穀物の献げ物をささげてもわたしは受け入れず肥えた動物の献げ物も顧みない。お前たちの騒がしい歌をわたしから遠ざけよ。竪琴の音もわたしは聞かない。正義を洪水のように恵みの業を大河のように尽きることなく流れさせよ。イスラエルの家よかつて四十年の間、荒れ野にいたときお前たちはわたしにいけにえや献げ物をささげただろうか。今、お前たちは王として仰ぐ偶像の御輿や神として仰ぐ星、偶像ケワンを担ぎ回っている。それはお前たちが勝手に造ったものだ。わたしは、お前たちを捕囚としてダマスコのかなたの地に連れ去らせると主は言われる。その御名は万軍の神。
新共同訳アモス書6章 1節〜14節
◆驕れる人々への審判
災いだ、シオンに安住しサマリアの山で安逸をむさぼる者らは。諸国民の頭である国に君臨しイスラエルの家は彼らに従っている。カルネに赴いて、よく見よ。そこから、ハマト・ラバに行きペリシテ人のガトに下れ。お前たちはこれらの王国にまさっているか。彼らの領土はお前たちの領土より大きいか。お前たちは災いの日を遠ざけようとして不法による支配を引き寄せている。お前たちは象牙の寝台に横たわり長いすに寝そべり羊の群れから小羊を取り牛舎から子牛を取って宴を開き竪琴の音に合わせて歌に興じダビデのように楽器を考え出す。大杯でぶどう酒を飲み最高の香油を身に注ぐ。しかし、ヨセフの破滅に心を痛めることがない。それゆえ、今や彼らは捕囚の列の先頭を行き寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる。主なる神は御自分を指して誓われる。万軍の神なる主は言われる。わたしはヤコブの誇る神殿を忌み嫌いその城郭を憎む。わたしは都とその中のすべてのものを敵に渡す。もし、一軒の家に男が十人残っているなら、彼らも死ぬ。親族と死体を焼く者が、彼らを家の中から運び出す。そのとき、一人が家の奥にいる者に、「まだ、あなたと共にいる者がいるのか」と尋ねると、「いない」と答え、「声を出すな、主の名を唱えるな」と言う。見よ、主が命じられる。「大きな家を打って粉々にし小さな家をみじんにせよ。」馬が岩の上を駆けるだろうか牛が海を耕すだろうか。お前たちは裁きを毒草に恵みの業の実を苦よもぎに変えた。お前たちはロ・ダバル(空虚)を喜び「我々は自分の力でカルナイムを手に入れたではないか」と言う。しかし、イスラエルの家よわたしはお前たちに対して一つの国を興す。彼らはレボ・ハマトからアラバの谷に至るまでお前たちを圧迫すると万軍の神なる主は言われる。
口語訳哀歌3章 1節〜66節
わたしは彼の怒りのむちによって、悩みにあった人である。彼はわたしをかり立てて、光のない暗い中を歩かせ、まことにその手をしばしばかえて、ひねもすわたしを攻められた。彼はわが肉と皮を衰えさせ、わが骨を砕き、苦しみと悩みをもって、わたしを囲み、わたしを閉じこめ、遠い昔に死んだ者のように、暗い所に住まわせられた。彼はわたしのまわりに、かきをめぐらして、出ることのできないようにし、重い鎖でわたしをつながれた。わたしは叫んで助けを求めたが、彼はわたしの祈をしりぞけ、切り石をもって、わたしの行く道をふさぎ、わたしの道筋を曲げられた。彼はわたしに対して待ち伏せするくまのように、潜み隠れるししのように、わが道を離れさせ、わたしを引き裂いて、見るかげもないみじめな者とし、その弓を張って、わたしを矢の的のようにされた。彼はその箙の矢をわたしの心臓に打ち込まれた。わたしはすべての民の物笑いとなり、ひねもす彼らの歌となった。彼はわたしを苦い物で飽かせ、にがよもぎをわたしに飲ませられた。彼は小石をもって、わたしの歯を砕き、灰の中にわたしをころがされた。わが魂は平和を失い、わたしは幸福を忘れた。そこでわたしは言った、「わが栄えはうせ去り、わたしが主に望むところのものもうせ去った」と。どうか、わが悩みと苦しみ、にがよもぎと胆汁とを心に留めてください。わが魂は絶えずこれを思って、わがうちにうなだれる。 しかし、わたしはこの事を心に思い起す。それゆえ、わたしは望みをいだく。主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい。わが魂は言う、「主はわたしの受くべき分である、それゆえ、わたしは彼を待ち望む」と。主はおのれを待ち望む者と、おのれを尋ね求める者にむかって恵みふかい。主の救を静かに待ち望むことは、良いことである。人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。主がこれを負わせられるとき、ひとりすわって黙しているがよい。口をちりにつけよ、あるいはなお望みがあるであろう。おのれを撃つ者にほおを向け、満ち足りるまでに、はずかしめを受けよ。主はとこしえにこのような人を捨てられないからである。彼は悩みを与えられるが、そのいつくしみが豊かなので、またあわれみをたれられる。彼は心から人の子を苦しめ悩ますことをされないからである。地のすべての捕われ人を足の下に踏みにじり、いと高き者の前に人の公義をまげ、人の訴えをくつがえすことは、主のよみせられないことである。主が命じられたのでなければ、だれが命じて、その事の成ったことがあるか。災もさいわいも、いと高き者の口から出るではないか。生ける人はどうしてつぶやかねばならないのか、人は自分の罪の罰せられるのを、つぶやくことができようか。われわれは、自分の行いを調べ、かつ省みて、主に帰ろう。われわれは天にいます神にむかって、手と共に心をもあげよう。「わたしたちは罪を犯し、そむきました、あなたはおゆるしになりませんでした。あなたは怒りをもってご自分をおおい、わたしたちを追い攻め、殺して、あわれまず、また雲をもってご自分をおおい、祈を通じないようにし、もろもろの民の中に、わたしたちをちりあくたとなさいました。敵はみなわたしたちをののしり、恐れと落し穴と、荒廃と滅亡とが、わたしたちに臨みました。わが民の娘の滅びによって、わたしの目には涙の川が流れています。わが目は絶えず涙を注ぎ出して、やむことなく、主が天から見おろして、顧みられる時にまで及ぶでしょう。わが目はわが町のすべての娘の最期のゆえに、わたしを痛ませます。ゆえなくわたしに敵する者どもによって、わたしは鳥のように追われました。彼らは生きているわたしを穴の中に投げ入れ、わたしの上に石を投げつけました。水はわたしの頭の上にあふれ、わたしは『断ち滅ぼされた』と言いました。主よ、わたしは深い穴からみ名を呼びました。あなたはわが声を聞かれました、『わが嘆きと叫びに耳をふさがないでください』。わたしがあなたに呼ばわったとき、あなたは近寄って、『恐れるな』と言われました。主よ、あなたはわが訴えを取りあげて、わたしの命をあがなわれました。主よ、あなたはわたしがこうむった不義をごらんになりました。わたしの訴えをおさばきください。あなたはわたしに対する彼らの報復と、陰謀とを、ことごとくごらんになりました。主よ、あなたはわたしに対する彼らのそしりと、陰謀とを、ことごとく聞かれました。立ってわたしに逆らう者どものくちびると、その思いは、ひねもすわたしを攻めています。どうか、彼らのすわるをも、立つをも、みそなわしてください。わたしは彼らの歌となっています。主よ、彼らの手のわざにしたがって、彼らに報い、彼らの心をかたくなにし、あなたののろいを彼らに注いでください。主よ、怒りをもって彼らを追い、天が下から彼らを滅ぼしてください」。
新共同訳ヨハネの黙示録 8章 1節〜13節
小羊が第七の封印を開いたとき、天は半時間ほど沈黙に包まれた。そして、わたしは七人の天使が神の御前に立っているのを見た。彼らには七つのラッパが与えられた。また、別の天使が来て、手に金の香炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に献げるためである。香の煙は、天使の手から、聖なる者たちの祈りと共に神の御前へ立ち上った。それから、天使が香炉を取り、それに祭壇の火を満たして地上へ投げつけると、雷、さまざまな音、稲妻、地震が起こった。
◆天使のラッパと災い
さて、七つのラッパを持っている七人の天使たちが、ラッパを吹く用意をした。第一の天使がラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火とが生じ、地上に投げ入れられた。地上の三分の一が焼け、木々の三分の一が焼け、すべての青草も焼けてしまった。第二の天使がラッパを吹いた。すると、火で燃えている大きな山のようなものが、海に投げ入れられた。海の三分の一が血に変わり、また、被造物で海に住む生き物の三分の一は死に、船という船の三分の一が壊された。第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃えている大きな星が、天から落ちて来て、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの人が死んだ。第四の天使がラッパを吹いた。すると、太陽の三分の一、月の三分の一、星という星の三分の一が損なわれたので、それぞれ三分の一が暗くなって、昼はその光の三分の一を失い、夜も同じようになった。また、見ていると、一羽の鷲が空高く飛びながら、大声でこう言うのが聞こえた。「不幸だ、不幸だ、不幸だ、地上に住む者たち。なお三人の天使が吹こうとしているラッパの響きのゆえに。」
新共同訳申命記29章 1節〜28節
モーセは、全イスラエルを呼び集めて言った。あなたたちは、主がエジプトの国で、ファラオおよびそのすべての家臣、またその全領土に対してなさったことを見た。あなたはその目であの大いなる試みとしるしと大いなる奇跡を見た。主はしかし、今日まで、それを悟る心、見る目、聞く耳をあなたたちにお与えにならなかった。わたしは四十年の間、荒れ野であなたたちを導いたが、あなたたちのまとう着物は古びず、足に履いた靴もすり減らなかった。あなたたちはパンを食べず、ぶどう酒も濃い酒も飲まなかった。それは、わたしがあなたたちの神、主であることを、悟らせるためであった。あなたたちがこの所に来たとき、ヘシュボンの王シホンとバシャンの王オグは我々を迎え撃つために出て来たが、我々は彼らを撃ち、彼らの国を占領して、ルベン人、ガド人、マナセの半部族の嗣業の土地とした。あなたたちはそれゆえ、この契約の言葉を忠実に守りなさい。そうすれば、あなたたちのすることはすべて成功する。今日、あなたたちは、全員あなたたちの神、主の御前に立っている。部族の長、長老、役人、イスラエルのすべての男子、その妻子、宿営内の寄留者、薪を集める者から水をくむ者に至るまでいる。それは、あなたがあなたの神、主の契約に入り、あなたの神、主が今日あなたと結ばれる呪いの誓いを交わすためであり、今日、主があなたを立てて御自分の民とし、自らあなたの神となられるためである。主がかつてあなたに告げ、先祖アブラハム、イサク、ヤコブに誓われたとおりである。わたしはあなたたちとだけ、呪いの誓いを伴うこの契約を結ぶのではなく、今日、ここで、我々の神、主の御前に我々と共に立っている者とも、今日、ここに我々と共にいない者とも結ぶのである。我々がエジプトの国にとどまっていたことも、国々の間を通って来たことも、あなたたちは、自ら通って来たので、よく知っている。あなたたちは、彼らが木や石、銀や金で造られた憎むべき偶像を持っているのを見て来た。今日、心変わりして、我々の神、主に背き、これらの国々の神々のもとに行って仕えるような男、女、家族、部族があなたたちの間にあってはならない。あなたたちの中に、毒草や苦よもぎを生ずる根があってはならない。もし、この呪いの誓いの言葉を聞いても、祝福されていると思い込み、「わたしは自分のかたくなな思いに従って歩んでも、大丈夫だ」と言うならば、潤っている者も渇いている者と共に滅びる。主はその者を決して赦そうとはされない。そのときこそ、主の怒りとねたみが燃え上がり、この書に記されている呪いの誓いがすべてその者にのしかかり、主はその名を天の下から消し去られる。主は、この律法の書に記されている契約のすべての呪いの誓いに従ってその者をイスラエルの全部族の中からえり分けて、災いをくだされる。後の世代、あなたたちの後に来る子孫も遠くの地から来る外国人も、主がこの国にくだされた災害と病を見て言うであろう。また、全土は硫黄と塩で焼けただれ、種は蒔かれず、芽は出ず、草一本生えず、主が激しく怒って覆されたソドム、ゴモラ、アドマ、ツェボイムの惨状と同じなので、国々の民はこぞって言うであろう。「なぜ主は、この国にこのようなことをなさったのか。どうしてこのように激しく怒りを燃やされたのか。」それに対して、人々は言うであろう。「彼らの先祖の神、主がエジプトの国から彼らを導き出されたとき結ばれた契約を、彼らが捨て、他の神々のもとに行って仕え、彼らの知らなかった、分け与えられたこともない神々にひれ伏したからである。主の怒りはそれゆえ、この国に向かって燃え、この書に記されている呪いがことごとく臨んだのである。主は激しい怒りと大いなる憤りをもって彼らを大地から抜き取り、他国に投げ捨てられ今日のようにされた。」隠されている事柄は、我らの神、主のもとにある。しかし、啓示されたことは、我々と我々の子孫のもとにとこしえに託されており、この律法の言葉をすべて行うことである。
新共同訳箴言5章 1節〜23節
わが子よ、わたしの知恵に耳を傾けわたしの英知に耳を向けよ。そうすれば、あなたは唇に慎みを守り知識を保つことができる。よその女の唇は蜜を滴らせその口は油よりも滑らかだ。だがやがて、苦よもぎよりも苦くなり両刃の剣のように鋭くなる。彼女の足は死へ下って行き一歩一歩と、陰府に達する。人生の道のりを計ろうともせず自分の道から外れても、知ることもない。それゆえ、子らよ、わたしに聞き従え。わたしの口の言葉からそれてはならない。あなたの道を彼女から遠ざけよ。その門口に近寄るな。あなたの栄えを他人に長寿を残酷なものに渡してはならない。よその者があなたの力に飽き足りることを許すな。異邦人の家をあなたが労した実りで満たしてはならない。さもなければ後になって肉も筋も消耗し、あなたは呻き言わなければならない。「どうして、わたしの心は諭しを憎み懲らしめをないがしろにしたのだろうか。教えてくれる人の声に聞き従わず導いてくれる人の声に耳を向けなかった。会衆の中でも、共同体の中でもわたしは最悪の者になりそうだ。」あなた自身の井戸から水を汲みあなた自身の泉から湧く水を飲め。その源は溢れ出て広場に幾筋もの流れができるであろう。その水をあなただけのものにせよ。あなたのもとにいるよその者に渡すな。あなたの水の源は祝福されよ。若いときからの妻に喜びを抱け。彼女は愛情深い雌鹿、優雅なかもしか。いつまでもその乳房によって満ち足り常にその愛に酔うがよい。わが子よどうしてよその女に酔うことがあろう異邦の女の胸を抱くことがあろう。人の歩む道は主の御目の前にある。その道を主はすべて計っておられる。主に逆らう者は自分の悪の罠にかかり自分の罪の綱が彼を捕える。諭しを受け入れることもなく重なる愚行に狂ったまま、死ぬであろう。
新共同訳エレミヤ書9章 1節〜25節
荒れ野に旅人の宿を見いだせるものならわたしはこの民を捨て彼らを離れ去るであろう。すべて、姦淫する者であり、裏切る者の集まりだ。彼らは舌を弓のように引き絞り真実ではなく偽りをもってこの地にはびこる。彼らは悪から悪へと進みわたしを知ろうとしない、と主は言われる。人はその隣人を警戒せよ。兄弟ですら信用してはならない。兄弟といっても「押しのける者(ヤコブ)」であり隣人はことごとく中傷して歩く。人はその隣人を惑わし、まことを語らない。舌に偽りを語ることを教え疲れるまで悪事を働く。欺きに欺きを重ねわたしを知ることを拒む、と主は言われる。それゆえ、万軍の主はこう言われる。見よ、わたしは娘なるわが民を火をもって溶かし、試す。まことに、彼らに対して何をすべきか。彼らの舌は人を殺す矢その口は欺いて語る。隣人に平和を約束していてもその心の中では、陥れようとたくらんでいる。これらのことをわたしは罰せずにいられようかと主は言われる。このような民に対し、わたしは必ずその悪に報いる。山々で、悲しみ嘆く声をあげ荒れ野の牧草地で、哀歌をうたえ。そこは焼き払われて、通り過ぎる人もなくなり家畜の鳴く声も聞こえなくなる。空の鳥も家畜も、ことごとく逃れ去った。わたしはエルサレムを瓦礫の山山犬の住みかとしユダの町々を荒廃させる。そこに住む者はいなくなる。知恵ある人はこれを悟れ。主の口が語られることを告げよ。何故、この地は滅びたのか。焼き払われて荒れ野となり通り過ぎる人もいない。主は言われる。「それは、彼らに与えたわたしの教えを彼らが捨て、わたしの声に聞き従わず、それによって歩むことをしなかったからだ。」彼らは、そのかたくなな心に従い、また、先祖が彼らに教え込んだようにバアルに従って歩んだ。それゆえ、イスラエルの神、万軍の主は言われる。「見よ、わたしはこの民に苦よもぎを食べさせ、毒の水を飲ませる。彼らを、彼ら自身も先祖も知らなかった国々の中に散らし、その後から剣を送って彼らを滅ぼし尽くす。」万軍の主はこう言われる。事態を見極め、泣き女を招いて、ここに来させよ。巧みな泣き女を迎えにやり、ここに来させよ。急がせよ、我々のために嘆きの歌をうたわせよ。我々の目は涙を流しまぶたは水を滴らせる。嘆きの声がシオンから聞こえる。いかに、我々は荒らし尽くされたことか。甚だしく恥を受けたことか。まことに、我々はこの地を捨て自分の住まいを捨て去った。女たちよ、主の言葉を聞け。耳を傾けて、主の口の言葉を受け入れよ。あなたたちの仲間に、嘆きの歌を教え互いに哀歌を学べ。死は窓に這い上がり城郭の中に入り込む。通りでは幼子を、広場では若者を滅ぼす。このように告げよ、と主は言われる。人間のしかばねが野の面を糞土のように覆っている。刈り入れる者の後ろに落ちて集める者もない束のように。主はこう言われる。知恵ある者は、その知恵を誇るな。力ある者は、その力を誇るな。富ある者は、その富を誇るな。むしろ、誇る者は、この事を誇るがよい目覚めてわたしを知ることを。わたしこそ主。この地に慈しみと正義と恵みの業を行う事その事をわたしは喜ぶ、と主は言われる。見よ、時が来る、と主は言われる。そのとき、わたしは包皮に割礼を受けた者をことごとく罰する。エジプト、ユダ、エドムアンモンの人々、モアブすべて荒れ野に住みもみ上げの毛を切っている人々すなわち割礼のない諸民族をことごとく罰しまた、心に割礼のないイスラエルの家をすべて罰する。
新共同訳エレミヤ書23章 1節〜40節
「災いだ、わたしの牧場の羊の群れを滅ぼし散らす牧者たちは」と主は言われる。それゆえ、イスラエルの神、主はわたしの民を牧する牧者たちについて、こう言われる。「あなたたちは、わたしの羊の群れを散らし、追い払うばかりで、顧みることをしなかった。わたしはあなたたちの悪い行いを罰する」と主は言われる。「このわたしが、群れの残った羊を、追いやったあらゆる国々から集め、もとの牧場に帰らせる。群れは子を産み、数を増やす。彼らを牧する牧者をわたしは立てる。群れはもはや恐れることも、おびえることもなく、また迷い出ることもない」と主は言われる。見よ、このような日が来る、と主は言われる。わたしはダビデのために正しい若枝を起こす。王は治め、栄えこの国に正義と恵みの業を行う。彼の代にユダは救われイスラエルは安らかに住む。彼の名は、「主は我らの救い」と呼ばれる。それゆえ、見よ、このような日が来る、と主は言われる。人々はもはや、「イスラエルの人々をエジプトの国から導き上った主は生きておられる」と言って誓わず、「イスラエルの家の子孫を、北の国や、彼が追いやられた国々から導き上り、帰らせて自分の国に住まわせた主は生きておられる」と言って誓うようになる。
◆預言者に対する言葉
預言者たちについて。わたしの心臓はわたしのうちに破れ骨はすべて力を失った。わたしは酔いどれのように酒にのまれた男のようになった。それは、主のゆえその聖なる言葉のゆえである。姦淫する者がこの国に満ちている。国土は呪われて喪に服し荒れ野の牧場も干上がる。彼らは悪の道を走り不正にその力を使う。預言者も祭司も汚れ神殿の中でさえわたしは彼らの悪を見たと主は言われる。それゆえ、彼らの道はすべる岩のようになり彼らは暗闇の中を追われて倒れる。わたしが彼らに災いを彼らを罰する年を臨ませるからだと主は言われる。わたしは、サマリアの預言者たちにあるまじき行いを見た。彼らはバアルによって預言しわが民イスラエルを迷わせた。わたしは、エルサレムの預言者たちの間におぞましいことを見た。姦淫を行い、偽りに歩むことである。彼らは悪を行う者の手を強めだれひとり悪から離れられない。彼らは皆、わたしにとってソドムのよう彼らと共にいる者はゴモラのようだ。それゆえ、万軍の主は預言者たちについてこう言われる。見よ、わたしは彼らに苦よもぎを食べさせ毒の水を飲ませる。エルサレムの預言者たちから汚れが国中に広がったからだ。万軍の主はこう言われる。お前たちに預言する預言者たちの言葉を聞いてはならない。彼らはお前たちに空しい望みを抱かせ主の口の言葉ではなく、自分の心の幻を語る。わたしを侮る者たちに向かって彼らは常に言う。「平和があなたたちに臨むと主が語られた」と。また、かたくなな心のままに歩む者に向かって「災いがあなたたちに来ることはない」と言う。誰が主の会議に立ちまた、その言葉を見聞きしたか。誰が耳を傾けて、その言葉を聞いたか。見よ、主の嵐が激しく吹きつむじ風が巻き起こって神に逆らう者らの頭上に渦を巻く。主の怒りは思い定められた事を成し遂げるまではやまない。終わりの日に、お前たちはこのことをはっきりと悟る。 わたしが遣わさないのに預言者たちは走る。わたしは彼らに語っていないのに彼らは預言する。もし、彼らがわたしの会議に立ったのならわが民にわたしの言葉を聞かせ彼らの悪い道、悪の行いから帰らせることができたであろう。わたしはただ近くにいる神なのか、と主は言われる。わたしは遠くからの神ではないのか。誰かが隠れ場に身を隠したならわたしは彼を見つけられないと言うのかと主は言われる。天をも地をも、わたしは満たしているではないかと主は言われる。わたしは、わが名によって偽りを預言する預言者たちが、「わたしは夢を見た、夢を見た」と言うのを聞いた。いつまで、彼らはこうなのか。偽りを預言し、自分の心が欺くままに預言する預言者たちは、互いに夢を解き明かして、わが民がわたしの名を忘れるように仕向ける。彼らの父祖たちがバアルのゆえにわたしの名を忘れたように。夢を見た預言者は夢を解き明かすがよい。しかし、わたしの言葉を受けた者は、忠実にわたしの言葉を語るがよい。もみ殻と穀物が比べものになろうかと主は言われる。このように、わたしの言葉は火に似ていないか。岩を打ち砕く槌のようではないか、と主は言われる。それゆえ、見よ、わたしは仲間どうしでわたしの言葉を盗み合う預言者たちに立ち向かう、と主は言われる。見よ、わたしは自分の舌先だけで、その言葉を「託宣」と称する預言者たちに立ち向かう、と主は言われる。見よ、わたしは偽りの夢を預言する者たちに立ち向かう、と主は言われる。彼らは、それを解き明かして、偽りと気まぐれをもってわが民を迷わせた。わたしは、彼らを遣わしたことも、彼らに命じたこともない。彼らはこの民に何の益ももたらさない、と主は言われる。もし、この民が――預言者であれ祭司であれ――あなたに、「主の託宣(マッサ)とは何か」と問うならば、彼らに、「お前たちこそ重荷(マッサ)だ。わたしはお前たちを投げ捨てる、と主は言われる」と答えるがよい。預言者にせよ、祭司にせよ、民にせよ、「主の託宣だ」と言う者があれば、わたしはその人とその家を罰する。お前たちは、ただ隣人や兄弟の間で互いに、「主は何とお答えになりましたか。主は何とお語りになりましたか」とだけ言うがよい。「主の託宣だ」という言い方を二度としてはならない。なぜなら、お前たちは勝手に自分の言葉を託宣とし、生ける神である我らの神、万軍の主の言葉を曲げたからだ。預言者にはただ、「主は何とお答えになりましたか。主は何とお語りになりましたか」と言うがよい。もし、お前たちが、「主の託宣だ」と言うなら、主はこう言われる。「お前たちは、『主の託宣だ』と言ってはならないと命じておいたのに、『主の託宣だ』というこの言葉を語ったので、見よ、わたしはお前たちを全く退け、お前たちと父祖たちに与えたこの都と共に、お前たちをわたしの前から捨て去る。そしてお前たちに、決して忘れえない永久の恥と永久の辱めを与える。」
◆良いいちじくと悪いいちじく
新共同訳アモス書5章 1節〜27節
イスラエルの家よ、この言葉を聞け。わたしがお前たちについてうたう悲しみの歌を。「おとめイスラエルは倒れて再び起き上がらず地に捨てられて助け起こす者はいない。」まことに、主なる神はこう言われる。「イスラエルの家では千人の兵を出した町に、生き残るのは百人百人の兵を出した町に、生き残るのは十人。」
◆わたしを求めて生きよ
まことに、主はイスラエルの家にこう言われる。わたしを求めよ、そして生きよ。しかし、ベテルに助けを求めるなギルガルに行くなベエル・シェバに赴くな。ギルガルは必ず捕らえ移されベテルは無に帰するから。主を求めよ、そして生きよ。さもないと主は火のようにヨセフの家に襲いかかり火が燃え盛ってもベテルのためにその火を消す者はない。裁きを苦よもぎに変え正しいことを地に投げ捨てる者よ。すばるとオリオンを造り闇を朝に変え昼を暗い夜にし海の水を呼び集めて地の面に注がれる方。その御名は主。主が突如として砦に破滅をもたらされるとその堅固な守りは破滅する。彼らは町の門で訴えを公平に扱う者を憎み真実を語る者を嫌う。お前たちは弱い者を踏みつけ彼らから穀物の貢納を取り立てるゆえ切り石の家を建ててもそこに住むことはできない。見事なぶどう畑を作ってもその酒を飲むことはできない。お前たちの咎がどれほど多いかその罪がどれほど重いか、わたしは知っている。お前たちは正しい者に敵対し、賄賂を取り町の門で貧しい者の訴えを退けている。それゆえ、知恵ある者はこの時代に沈黙する。まことに、これは悪い時代だ。善を求めよ、悪を求めるなお前たちが生きることができるために。そうすれば、お前たちが言うように万軍の神なる主はお前たちと共にいてくださるだろう。悪を憎み、善を愛せよまた、町の門で正義を貫け。あるいは、万軍の神なる主がヨセフの残りの者を憐れんでくださることもあろう。
◆裁きの日
それゆえ、万軍の神なる主はこう言われる。どの広場にも嘆きが起こりどの通りにも泣き声があがる。悲しむために農夫が嘆くために泣き男が呼ばれる。どのぶどう畑にも嘆きが起こる。わたしがお前たちの中を通るからだと主は言われる。災いだ、主の日を待ち望む者は。主の日はお前たちにとって何か。それは闇であって、光ではない。人が獅子の前から逃れても熊に会い家にたどりついても壁に手で寄りかかるとその手を蛇にかまれるようなものだ。主の日は闇であって、光ではない。暗闇であって、輝きではない。
◆祭りにまさる正義
わたしはお前たちの祭りを憎み、退ける。祭りの献げ物の香りも喜ばない。たとえ、焼き尽くす献げ物をわたしにささげても穀物の献げ物をささげてもわたしは受け入れず肥えた動物の献げ物も顧みない。お前たちの騒がしい歌をわたしから遠ざけよ。竪琴の音もわたしは聞かない。正義を洪水のように恵みの業を大河のように尽きることなく流れさせよ。イスラエルの家よかつて四十年の間、荒れ野にいたときお前たちはわたしにいけにえや献げ物をささげただろうか。今、お前たちは王として仰ぐ偶像の御輿や神として仰ぐ星、偶像ケワンを担ぎ回っている。それはお前たちが勝手に造ったものだ。わたしは、お前たちを捕囚としてダマスコのかなたの地に連れ去らせると主は言われる。その御名は万軍の神。
新共同訳アモス書6章 1節〜14節
◆驕れる人々への審判
災いだ、シオンに安住しサマリアの山で安逸をむさぼる者らは。諸国民の頭である国に君臨しイスラエルの家は彼らに従っている。カルネに赴いて、よく見よ。そこから、ハマト・ラバに行きペリシテ人のガトに下れ。お前たちはこれらの王国にまさっているか。彼らの領土はお前たちの領土より大きいか。お前たちは災いの日を遠ざけようとして不法による支配を引き寄せている。お前たちは象牙の寝台に横たわり長いすに寝そべり羊の群れから小羊を取り牛舎から子牛を取って宴を開き竪琴の音に合わせて歌に興じダビデのように楽器を考え出す。大杯でぶどう酒を飲み最高の香油を身に注ぐ。しかし、ヨセフの破滅に心を痛めることがない。それゆえ、今や彼らは捕囚の列の先頭を行き寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる。主なる神は御自分を指して誓われる。万軍の神なる主は言われる。わたしはヤコブの誇る神殿を忌み嫌いその城郭を憎む。わたしは都とその中のすべてのものを敵に渡す。もし、一軒の家に男が十人残っているなら、彼らも死ぬ。親族と死体を焼く者が、彼らを家の中から運び出す。そのとき、一人が家の奥にいる者に、「まだ、あなたと共にいる者がいるのか」と尋ねると、「いない」と答え、「声を出すな、主の名を唱えるな」と言う。見よ、主が命じられる。「大きな家を打って粉々にし小さな家をみじんにせよ。」馬が岩の上を駆けるだろうか牛が海を耕すだろうか。お前たちは裁きを毒草に恵みの業の実を苦よもぎに変えた。お前たちはロ・ダバル(空虚)を喜び「我々は自分の力でカルナイムを手に入れたではないか」と言う。しかし、イスラエルの家よわたしはお前たちに対して一つの国を興す。彼らはレボ・ハマトからアラバの谷に至るまでお前たちを圧迫すると万軍の神なる主は言われる。
口語訳哀歌3章 1節〜66節
わたしは彼の怒りのむちによって、悩みにあった人である。彼はわたしをかり立てて、光のない暗い中を歩かせ、まことにその手をしばしばかえて、ひねもすわたしを攻められた。彼はわが肉と皮を衰えさせ、わが骨を砕き、苦しみと悩みをもって、わたしを囲み、わたしを閉じこめ、遠い昔に死んだ者のように、暗い所に住まわせられた。彼はわたしのまわりに、かきをめぐらして、出ることのできないようにし、重い鎖でわたしをつながれた。わたしは叫んで助けを求めたが、彼はわたしの祈をしりぞけ、切り石をもって、わたしの行く道をふさぎ、わたしの道筋を曲げられた。彼はわたしに対して待ち伏せするくまのように、潜み隠れるししのように、わが道を離れさせ、わたしを引き裂いて、見るかげもないみじめな者とし、その弓を張って、わたしを矢の的のようにされた。彼はその箙の矢をわたしの心臓に打ち込まれた。わたしはすべての民の物笑いとなり、ひねもす彼らの歌となった。彼はわたしを苦い物で飽かせ、にがよもぎをわたしに飲ませられた。彼は小石をもって、わたしの歯を砕き、灰の中にわたしをころがされた。わが魂は平和を失い、わたしは幸福を忘れた。そこでわたしは言った、「わが栄えはうせ去り、わたしが主に望むところのものもうせ去った」と。どうか、わが悩みと苦しみ、にがよもぎと胆汁とを心に留めてください。わが魂は絶えずこれを思って、わがうちにうなだれる。 しかし、わたしはこの事を心に思い起す。それゆえ、わたしは望みをいだく。主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい。わが魂は言う、「主はわたしの受くべき分である、それゆえ、わたしは彼を待ち望む」と。主はおのれを待ち望む者と、おのれを尋ね求める者にむかって恵みふかい。主の救を静かに待ち望むことは、良いことである。人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。主がこれを負わせられるとき、ひとりすわって黙しているがよい。口をちりにつけよ、あるいはなお望みがあるであろう。おのれを撃つ者にほおを向け、満ち足りるまでに、はずかしめを受けよ。主はとこしえにこのような人を捨てられないからである。彼は悩みを与えられるが、そのいつくしみが豊かなので、またあわれみをたれられる。彼は心から人の子を苦しめ悩ますことをされないからである。地のすべての捕われ人を足の下に踏みにじり、いと高き者の前に人の公義をまげ、人の訴えをくつがえすことは、主のよみせられないことである。主が命じられたのでなければ、だれが命じて、その事の成ったことがあるか。災もさいわいも、いと高き者の口から出るではないか。生ける人はどうしてつぶやかねばならないのか、人は自分の罪の罰せられるのを、つぶやくことができようか。われわれは、自分の行いを調べ、かつ省みて、主に帰ろう。われわれは天にいます神にむかって、手と共に心をもあげよう。「わたしたちは罪を犯し、そむきました、あなたはおゆるしになりませんでした。あなたは怒りをもってご自分をおおい、わたしたちを追い攻め、殺して、あわれまず、また雲をもってご自分をおおい、祈を通じないようにし、もろもろの民の中に、わたしたちをちりあくたとなさいました。敵はみなわたしたちをののしり、恐れと落し穴と、荒廃と滅亡とが、わたしたちに臨みました。わが民の娘の滅びによって、わたしの目には涙の川が流れています。わが目は絶えず涙を注ぎ出して、やむことなく、主が天から見おろして、顧みられる時にまで及ぶでしょう。わが目はわが町のすべての娘の最期のゆえに、わたしを痛ませます。ゆえなくわたしに敵する者どもによって、わたしは鳥のように追われました。彼らは生きているわたしを穴の中に投げ入れ、わたしの上に石を投げつけました。水はわたしの頭の上にあふれ、わたしは『断ち滅ぼされた』と言いました。主よ、わたしは深い穴からみ名を呼びました。あなたはわが声を聞かれました、『わが嘆きと叫びに耳をふさがないでください』。わたしがあなたに呼ばわったとき、あなたは近寄って、『恐れるな』と言われました。主よ、あなたはわが訴えを取りあげて、わたしの命をあがなわれました。主よ、あなたはわたしがこうむった不義をごらんになりました。わたしの訴えをおさばきください。あなたはわたしに対する彼らの報復と、陰謀とを、ことごとくごらんになりました。主よ、あなたはわたしに対する彼らのそしりと、陰謀とを、ことごとく聞かれました。立ってわたしに逆らう者どものくちびると、その思いは、ひねもすわたしを攻めています。どうか、彼らのすわるをも、立つをも、みそなわしてください。わたしは彼らの歌となっています。主よ、彼らの手のわざにしたがって、彼らに報い、彼らの心をかたくなにし、あなたののろいを彼らに注いでください。主よ、怒りをもって彼らを追い、天が下から彼らを滅ぼしてください」。
第17回 原子炉の預言
まず、今回の「M9.0 東日本大震災」で被災された方々に謹んでお見舞い申し上げます。
今回は、原子炉の預言です。
新共同約聖書マラキ書 3章 1節〜3節
見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。あなたたちが待望している主は突如、その聖所に来られる。あなたたちが喜びとしている契約の使者見よ、彼が来る、と万軍の主は言われる。だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。彼は精錬する者、銀を清める者として座しレビの子らを清め金や銀のように彼らの汚れを除く。彼らが主に献げ物を正しくささげる者となるためである。
新共同約聖書マラキ書 3章 17節〜20節
わたしが備えているその日に彼らはわたしにとって宝となると万軍の主は言われる。人が自分に仕える子を憐れむようにわたしは彼らを憐れむ。そのとき、あなたたちはもう一度正しい人と神に逆らう人神に仕える者と仕えない者との区別を見るであろう。
◆主の日
見よ、その日が来る炉のように燃える日が。高慢な者、悪を行う者はすべてわらのようになる。到来するその日は、と万軍の主は言われる。彼らを燃え上がらせ、根も枝も残さない。しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには義の太陽が昇る。その翼にはいやす力がある。あなたたちは牛舎の子牛のように躍り出て跳び回る。
この「炉」という文字を見てあるインスピレーションが有りました。福島原発原子炉の事です。もしかして、原子炉は炉という言葉で預言されてはいないかということです。それで、炉という単語がある聖句を収集して調べてみました。そうしたらイザヤ書48章に今回の事を預言していると思われるものが有りました。
◆預言の成就
新共同約聖書イザヤ書 48章 1節〜10節
ヤコブの家よ、これを聞け。ユダの水に源を発しイスラエルの名をもって呼ばれる者よ。まこともなく、恵みの業をすることもないのに主の名をもって誓いイスラエルの神の名を唱える者よ。聖なる都に属する者と称されその御名を万軍の主と呼ぶイスラエルの神に依りすがる者よ。初めからのことをわたしは既に告げてきた。わたしの口から出た事をわたしは知らせた。突如、わたしは事を起こし、それは実現した。お前が頑固で、鉄の首筋をもち青銅の額をもつことを知っているからわたしはお前に昔から知らせ事が起こる前に告げておいた。これらのことを起こしたのは、わたしの偶像だこれを命じたのは、わたしの木像と鋳像だとお前に言わせないためだ。お前の聞いていたこと、そのすべての事を見よ。自分でもそれを告げうるではないか。これから起こる新しいことを知らせよう隠されていたこと、お前の知らぬことを。それは今、創造された。昔にはなかったもの、昨日もなかったこと。それをお前に聞かせたことはない。見よ、わたしは知っていたとお前に言わせないためだ。お前は聞いたこともなく、知ってもおらず耳も開かれたことはなかった。お前は裏切りを重ねる者生まれたときから背く者と呼ばれていることをわたしは知っていたから。わたしは、わたしの名のために怒りを抑えわたしの栄誉のために耐えてお前を滅ぼさないようにした。見よ、わたしは火をもってお前を練るが銀としてではない。わたしは苦しみの炉でお前を試みる。
新共同約聖書イザヤ書 48章 11節〜22節
わたし自身のために、わたし自身のためにわたしは事を起こす。わたしの栄光が汚されてよいであろうか。わたしはそれをほかの者には与えない。ヤコブよ、わたしに耳を傾けよ。わたしが呼び出したイスラエル。わたしは神、初めでありまた終わりであるもの。わたしの手は地の基を据えわたしの右の手は天を延べた。わたしが彼らに呼びかけると、共に立ち上がる。皆、集まって聞くがよい。彼らのうちに、これを告げた者があろうか。主の愛される者が、主の御旨をバビロンに行い主の御腕となる人が、カルデア人に行うことを。わたしが宣言し、わたしが彼を呼んだ。彼を連れて来て、その道を成し遂げさせる。わたしのもとに近づいて、聞くがよい。わたしは初めから、ひそかに語ったことはない。事の起こるとき、わたしは常にそこにいる。今、主である神はわたしを遣わしその霊を与えてくださった。イスラエルの聖なる神あなたを贖う主はこう言われる。わたしは主、あなたの神わたしはあなたを教えて力をもたせあなたを導いて道を行かせる。わたしの戒めに耳を傾けるならあなたの平和は大河のように恵みは海の波のようになる。あなたの子孫は砂のようにあなたから出る子らは砂の粒のように増えその名はわたしの前から断たれることも、滅ぼされることもない。バビロンを出よ、カルデアを逃げ去るがよい。喜びの声をもって告げ知らせ地の果てまで響かせ、届かせよ。主は僕ヤコブを贖われた、と言え。主が彼らを導いて乾いた地を行かせるときも彼らは渇くことがない。主は彼らのために岩から水を流れ出させる。岩は裂け、水がほとばしる。神に逆らう者に平和はない、と主は言われる。
「わたしの手は地の基を据えわたしの右の手は天を延べた。」これは、今回の東日本巨大地震の事を言われているのでしょうか?両腕を地と天に伸ばして何かの啓示を起こされる。「わたしが彼らに呼びかけると、共に立ち上がる。」彼ら=「バビロン」「カルデア」「カルデア人」おそらくこれは、「アメリカ」「アメリカ人」の事と思われます。「第10回 聖書の中のアメリカの預言」を参照して下さい。実は、今までワザと触れずにおいた預言が有りました。それは、その聖句を記すと後々、神の経綸に影響が出ると思ったからです。それらの預言はワザと触れる前の聖句で切っていました。なので前回までの預言の聖句の章を全部読むと分かると思います。
今回は、原子炉の預言です。
新共同約聖書マラキ書 3章 1節〜3節
見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。あなたたちが待望している主は突如、その聖所に来られる。あなたたちが喜びとしている契約の使者見よ、彼が来る、と万軍の主は言われる。だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。彼は精錬する者、銀を清める者として座しレビの子らを清め金や銀のように彼らの汚れを除く。彼らが主に献げ物を正しくささげる者となるためである。
新共同約聖書マラキ書 3章 17節〜20節
わたしが備えているその日に彼らはわたしにとって宝となると万軍の主は言われる。人が自分に仕える子を憐れむようにわたしは彼らを憐れむ。そのとき、あなたたちはもう一度正しい人と神に逆らう人神に仕える者と仕えない者との区別を見るであろう。
◆主の日
見よ、その日が来る炉のように燃える日が。高慢な者、悪を行う者はすべてわらのようになる。到来するその日は、と万軍の主は言われる。彼らを燃え上がらせ、根も枝も残さない。しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには義の太陽が昇る。その翼にはいやす力がある。あなたたちは牛舎の子牛のように躍り出て跳び回る。
この「炉」という文字を見てあるインスピレーションが有りました。福島原発原子炉の事です。もしかして、原子炉は炉という言葉で預言されてはいないかということです。それで、炉という単語がある聖句を収集して調べてみました。そうしたらイザヤ書48章に今回の事を預言していると思われるものが有りました。
◆預言の成就
新共同約聖書イザヤ書 48章 1節〜10節
ヤコブの家よ、これを聞け。ユダの水に源を発しイスラエルの名をもって呼ばれる者よ。まこともなく、恵みの業をすることもないのに主の名をもって誓いイスラエルの神の名を唱える者よ。聖なる都に属する者と称されその御名を万軍の主と呼ぶイスラエルの神に依りすがる者よ。初めからのことをわたしは既に告げてきた。わたしの口から出た事をわたしは知らせた。突如、わたしは事を起こし、それは実現した。お前が頑固で、鉄の首筋をもち青銅の額をもつことを知っているからわたしはお前に昔から知らせ事が起こる前に告げておいた。これらのことを起こしたのは、わたしの偶像だこれを命じたのは、わたしの木像と鋳像だとお前に言わせないためだ。お前の聞いていたこと、そのすべての事を見よ。自分でもそれを告げうるではないか。これから起こる新しいことを知らせよう隠されていたこと、お前の知らぬことを。それは今、創造された。昔にはなかったもの、昨日もなかったこと。それをお前に聞かせたことはない。見よ、わたしは知っていたとお前に言わせないためだ。お前は聞いたこともなく、知ってもおらず耳も開かれたことはなかった。お前は裏切りを重ねる者生まれたときから背く者と呼ばれていることをわたしは知っていたから。わたしは、わたしの名のために怒りを抑えわたしの栄誉のために耐えてお前を滅ぼさないようにした。見よ、わたしは火をもってお前を練るが銀としてではない。わたしは苦しみの炉でお前を試みる。
新共同約聖書イザヤ書 48章 11節〜22節
わたし自身のために、わたし自身のためにわたしは事を起こす。わたしの栄光が汚されてよいであろうか。わたしはそれをほかの者には与えない。ヤコブよ、わたしに耳を傾けよ。わたしが呼び出したイスラエル。わたしは神、初めでありまた終わりであるもの。わたしの手は地の基を据えわたしの右の手は天を延べた。わたしが彼らに呼びかけると、共に立ち上がる。皆、集まって聞くがよい。彼らのうちに、これを告げた者があろうか。主の愛される者が、主の御旨をバビロンに行い主の御腕となる人が、カルデア人に行うことを。わたしが宣言し、わたしが彼を呼んだ。彼を連れて来て、その道を成し遂げさせる。わたしのもとに近づいて、聞くがよい。わたしは初めから、ひそかに語ったことはない。事の起こるとき、わたしは常にそこにいる。今、主である神はわたしを遣わしその霊を与えてくださった。イスラエルの聖なる神あなたを贖う主はこう言われる。わたしは主、あなたの神わたしはあなたを教えて力をもたせあなたを導いて道を行かせる。わたしの戒めに耳を傾けるならあなたの平和は大河のように恵みは海の波のようになる。あなたの子孫は砂のようにあなたから出る子らは砂の粒のように増えその名はわたしの前から断たれることも、滅ぼされることもない。バビロンを出よ、カルデアを逃げ去るがよい。喜びの声をもって告げ知らせ地の果てまで響かせ、届かせよ。主は僕ヤコブを贖われた、と言え。主が彼らを導いて乾いた地を行かせるときも彼らは渇くことがない。主は彼らのために岩から水を流れ出させる。岩は裂け、水がほとばしる。神に逆らう者に平和はない、と主は言われる。
「わたしの手は地の基を据えわたしの右の手は天を延べた。」これは、今回の東日本巨大地震の事を言われているのでしょうか?両腕を地と天に伸ばして何かの啓示を起こされる。「わたしが彼らに呼びかけると、共に立ち上がる。」彼ら=「バビロン」「カルデア」「カルデア人」おそらくこれは、「アメリカ」「アメリカ人」の事と思われます。「第10回 聖書の中のアメリカの預言」を参照して下さい。実は、今までワザと触れずにおいた預言が有りました。それは、その聖句を記すと後々、神の経綸に影響が出ると思ったからです。それらの預言はワザと触れる前の聖句で切っていました。なので前回までの預言の聖句の章を全部読むと分かると思います。
第16回 真理の霊の預言 中篇
今回は、真理の霊の預言 中篇です。
ハッピー・バレンタインデー皆様に喜びと祝福がありますように。
今日は、キリスト教の行事の日なのでこの日に、更新を狙っていました。初めにバレンタインデーの起源をウィキペディアで調べてみました。
バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼるとされる。
当時、ローマでは、2月14日は女神ユノの祝日だった。ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神でもある。翌2月15日は、豊年を祈願する(清めの祭りでもある)ルペルカリア祭の始まる日であった。当時若い男たちと娘たちは生活が別だった。祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていた。翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。
つまり「紙に名前を書いた札」くじを引いてパートナーを決めたのが、バレンタインデーの起源の種なのです。それで、実はある私的な思惑がありますので、聖書のくじという言葉の聖句を収集して考察したいと思います。
新共同訳 イザヤ書 34章 16節〜17節
主の書に尋ね求め、読んでみよ。これらのものに、ひとつも欠けるものはない。雌も雄も、それぞれ対を見いださぬことはない。それは、主の口が命じ主の霊が集めたものだからである。主は彼らの分をくじによって定め御手の測り縄によって土地を分けとこしえに彼らの所有とされる。代々にわたって、彼らはそこに住む。
新共同訳 エステル記 9章 24節
すなわち、「全ユダヤ人の敵アガグ人ハメダタの子ハマンはユダヤ人絶滅をたくらみ、プルと呼ばれるくじを投げ、ユダヤ人を滅ぼし去ろうとした。
新共同訳 エゼキエル書 47章 22節
この土地を、あなたたち自身とあなたたちの間に滞在し、あなたたちの間で子をもうけるにいたった外国人に、くじで嗣業として割り当てねばならない。彼らをイスラエルの子らの中で同じ資格のある者として扱わねばならない。あなたたちと共に彼らにも嗣業をくじでイスラエルの部族の間に割り当てねばならない。
新共同訳 ヨエル書 4章 3節
彼らはわたしの民の運命をくじで定め遊女を買うために少年を売り渡し酒を買うために少女を売った。
新共同訳 オバデヤ書 11節
お前が離れて立っていたあの日異国の者がエルサレムの財宝を奪い他国の者がその門に入りエルサレムをくじ引きにして取ったあの日にお前も彼らの一人のようであった。
新共同訳 ミカ書 2章 5節
それゆえ、主の集会でお前のためにくじを投げ縄を張って土地を分け与える者はひとりもいなくなる。
新共同訳 エステル記(ギリシア語) F章 7節
そのために神は二つのくじを定められた。その一つは神の民のため、もう一つはすべての国の民のためである。
新共同訳 エステル記(ギリシア語) F章 8節
この二つのくじは、すべての国の民に対して神の前で行われる裁きの時と時期と日を定めるためのものであった。
ここに出てきますくじというものは、聖書預言の予型論でこれらの聖句を考察してみますと私的には重要な意味がありまして、「すべての国の民に対して神の前で行われる裁きの時と時期と日を定めるためのもの。」「その一つは神の民のため、もう一つはすべての国の民のためである。」
おそらく、このくじの預言と、しるしと契約の預言とは同じ物を指していると思われます。それは、バレンタインデー的には、以下の聖句と関係しています。とても魅力的でロマンチックです。
新共同約 ヨハネの黙示録 12章 1節
また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。
新共同訳 雅歌 6章 10節
曙のように姿を現すおとめは誰か。満月のように美しく、太陽のように輝き旗を掲げた軍勢のように恐ろしい。
新共同訳 雅歌 8章 6節
わたしを刻みつけてくださいあなたの心に、印章としてあなたの腕に、印章として。
新共同訳 イザヤ書 60章 20節
あなたの太陽は再び沈むことなくあなたの月は欠けることがない。主があなたの永遠の光となりあなたの嘆きの日々は終わる。
新共同訳 サムエル記下 23章 1節〜7節
以下はダビデの最後の言葉である。エッサイの子ダビデの語ったこと。高く上げられた者ヤコブの神に油注がれた者の語ったこと。イスラエルの麗しい歌。主の霊はわたしのうちに語り主の言葉はわたしの舌の上にある。イスラエルの神は語りイスラエルの岩はわたしに告げられる。神に従って人を治める者神を畏れて治める者は太陽の輝き出る朝の光雲もない朝の光雨の後、地から若草を萌え出させる陽の光。神と共にあってわたしの家は確かに立つ。神は永遠の契約をわたしに賜るすべてに整い、守られるべき契約を。わたしの救い、わたしの喜びをすべて神は芽生えさせてくださる。悪人は茨のようにすべて刈り取られる。手に取ろうとするな触れる者は槍の鉄と木を満身に受ける。火がその場で彼らを焼き尽くすであろう。
新共同訳ルカによる福音書 12章 38節
主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。
新共同訳 申命記 9章 11節
四十日四十夜が過ぎて、主はわたしにその二枚の石の板、契約の板を授けられた。
この主の贖いのくじというものは宝くじの当たりくじのようなものでありまして、イザヤ書60章に絶対に価値が上がると記されています。
新共同約 イザヤ書 60章 17節
わたしは青銅の代わりに金を鉄の代わりに銀をもたらし木の代わりに青銅を石の代わりに鉄をもたらす。わたしがあなたに与える命令は平和あなたを支配するものは恵みの業。
最近、自分の使命が判明したのでそれに関する聖句を以下に記したいと思います。
新共同訳 マラキ書 3章 1節3節
見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。あなたたちが待望している主は突如、その聖所に来られる。あなたたちが喜びとしている契約の使者見よ、彼が来る、と万軍の主は言われる。だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。彼は精錬する者、銀を清める者として座しレビの子らを清め金や銀のように彼らの汚れを除く。彼らが主に献げ物を正しくささげる者となるためである。
新共同訳 マラキ書 2章 4節7節
そのとき、あなたたちは知るようになる。わたしがこの命令を下したのはレビと結んだわが契約を保つためであったことをと万軍の主が言われた。レビと結んだわが契約は命と平和のためでありわたしはそれらを彼に与えた。それは畏れをもたらす契約であり彼はわたしを畏れ、わが名のゆえにおののいた。真理の教えが彼の口にありその唇に偽りは見いだされなかった。彼は平和と正しさのうちに、わたしと共に歩み多くの人々を罪から立ち帰らせた。祭司の唇は知識を守り人々は彼の口から教えを求める。彼こそ万軍の主の使者である。
新共同訳 エレミヤ書 33章 21節
わたしが、わが僕ダビデと結んだ契約が破棄され、ダビデの王位を継ぐ嫡子がなくなり、また、わたしに仕えるレビ人である祭司との契約が破棄されることもない。
新共同訳 エレミヤ書 33章 22節
わたしは数えきれない満天の星のように、量り知れない海の砂のように、わが僕ダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人の数を増やす。」
つまり、私は、レビ人でありまして契約の使者であります。
なかなかコメントが付かないので、私的な事ですがバレンタインデーに相応しい質問に答えようと思います。
Q 「どうして本当の愛 捜してるの?」
A これは、神の見えざる手が働いたか。気のせいか?そうでなければハマッタのです。
もう、ずっと過去の事になりますが、愛知の大道場で目の前の薔薇の花を指差しての、ある二人の会話です。
「この花、美女と野獣に出てきた花に似てるよね。」「あの人良い人なんだよね。」
それで美女と野獣に興味を持ったので、ディズニーの美女と野獣をレンタルしてきて見ました。DVDのパッケージの裏に本当の愛に関する事が書かれていますが、美女と野獣の一輪の薔薇の花は、私が尊敬するシンドラーのリストの最後にも出ていました。その他のドラマや歌にも登場するようです。皆さん、どうぞ捜してみて下さい。
新共同訳ダニエル書 12章 1節
その時、大天使長ミカエルが立つ。彼はお前の民の子らを守護する。その時まで、苦難が続く国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。しかし、その時には救われるであろうお前の民、あの書に記された人々は。
新共同訳イザヤ書4章 3節
そしてシオンの残りの者、エルサレムの残された者は、聖なる者と呼ばれる。彼らはすべて、エルサレムで命を得る者として書き記されている。
新共同訳ヨハネの黙示録 19章 12節
その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠があった。この方には、自分のほかはだれも知らない名が記されていた。
新共同訳ヨハネの黙示録 2章 17節
耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には隠されていたマンナを与えよう。また、白い小石を与えよう。その小石には、これを受ける者のほかにはだれにも分からぬ新しい名が記されている。」』
真理の霊の預言 後篇は、真理の霊に教え頂く時に、記したいと思います。
ハッピー・バレンタインデー皆様に喜びと祝福がありますように。
今日は、キリスト教の行事の日なのでこの日に、更新を狙っていました。初めにバレンタインデーの起源をウィキペディアで調べてみました。
バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼるとされる。
当時、ローマでは、2月14日は女神ユノの祝日だった。ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神でもある。翌2月15日は、豊年を祈願する(清めの祭りでもある)ルペルカリア祭の始まる日であった。当時若い男たちと娘たちは生活が別だった。祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていた。翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。
つまり「紙に名前を書いた札」くじを引いてパートナーを決めたのが、バレンタインデーの起源の種なのです。それで、実はある私的な思惑がありますので、聖書のくじという言葉の聖句を収集して考察したいと思います。
新共同訳 イザヤ書 34章 16節〜17節
主の書に尋ね求め、読んでみよ。これらのものに、ひとつも欠けるものはない。雌も雄も、それぞれ対を見いださぬことはない。それは、主の口が命じ主の霊が集めたものだからである。主は彼らの分をくじによって定め御手の測り縄によって土地を分けとこしえに彼らの所有とされる。代々にわたって、彼らはそこに住む。
新共同訳 エステル記 9章 24節
すなわち、「全ユダヤ人の敵アガグ人ハメダタの子ハマンはユダヤ人絶滅をたくらみ、プルと呼ばれるくじを投げ、ユダヤ人を滅ぼし去ろうとした。
新共同訳 エゼキエル書 47章 22節
この土地を、あなたたち自身とあなたたちの間に滞在し、あなたたちの間で子をもうけるにいたった外国人に、くじで嗣業として割り当てねばならない。彼らをイスラエルの子らの中で同じ資格のある者として扱わねばならない。あなたたちと共に彼らにも嗣業をくじでイスラエルの部族の間に割り当てねばならない。
新共同訳 ヨエル書 4章 3節
彼らはわたしの民の運命をくじで定め遊女を買うために少年を売り渡し酒を買うために少女を売った。
新共同訳 オバデヤ書 11節
お前が離れて立っていたあの日異国の者がエルサレムの財宝を奪い他国の者がその門に入りエルサレムをくじ引きにして取ったあの日にお前も彼らの一人のようであった。
新共同訳 ミカ書 2章 5節
それゆえ、主の集会でお前のためにくじを投げ縄を張って土地を分け与える者はひとりもいなくなる。
新共同訳 エステル記(ギリシア語) F章 7節
そのために神は二つのくじを定められた。その一つは神の民のため、もう一つはすべての国の民のためである。
新共同訳 エステル記(ギリシア語) F章 8節
この二つのくじは、すべての国の民に対して神の前で行われる裁きの時と時期と日を定めるためのものであった。
ここに出てきますくじというものは、聖書預言の予型論でこれらの聖句を考察してみますと私的には重要な意味がありまして、「すべての国の民に対して神の前で行われる裁きの時と時期と日を定めるためのもの。」「その一つは神の民のため、もう一つはすべての国の民のためである。」
おそらく、このくじの預言と、しるしと契約の預言とは同じ物を指していると思われます。それは、バレンタインデー的には、以下の聖句と関係しています。とても魅力的でロマンチックです。
新共同約 ヨハネの黙示録 12章 1節
また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。
新共同訳 雅歌 6章 10節
曙のように姿を現すおとめは誰か。満月のように美しく、太陽のように輝き旗を掲げた軍勢のように恐ろしい。
新共同訳 雅歌 8章 6節
わたしを刻みつけてくださいあなたの心に、印章としてあなたの腕に、印章として。
新共同訳 イザヤ書 60章 20節
あなたの太陽は再び沈むことなくあなたの月は欠けることがない。主があなたの永遠の光となりあなたの嘆きの日々は終わる。
新共同訳 サムエル記下 23章 1節〜7節
以下はダビデの最後の言葉である。エッサイの子ダビデの語ったこと。高く上げられた者ヤコブの神に油注がれた者の語ったこと。イスラエルの麗しい歌。主の霊はわたしのうちに語り主の言葉はわたしの舌の上にある。イスラエルの神は語りイスラエルの岩はわたしに告げられる。神に従って人を治める者神を畏れて治める者は太陽の輝き出る朝の光雲もない朝の光雨の後、地から若草を萌え出させる陽の光。神と共にあってわたしの家は確かに立つ。神は永遠の契約をわたしに賜るすべてに整い、守られるべき契約を。わたしの救い、わたしの喜びをすべて神は芽生えさせてくださる。悪人は茨のようにすべて刈り取られる。手に取ろうとするな触れる者は槍の鉄と木を満身に受ける。火がその場で彼らを焼き尽くすであろう。
新共同訳ルカによる福音書 12章 38節
主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。
新共同訳 申命記 9章 11節
四十日四十夜が過ぎて、主はわたしにその二枚の石の板、契約の板を授けられた。
この主の贖いのくじというものは宝くじの当たりくじのようなものでありまして、イザヤ書60章に絶対に価値が上がると記されています。
新共同約 イザヤ書 60章 17節
わたしは青銅の代わりに金を鉄の代わりに銀をもたらし木の代わりに青銅を石の代わりに鉄をもたらす。わたしがあなたに与える命令は平和あなたを支配するものは恵みの業。
最近、自分の使命が判明したのでそれに関する聖句を以下に記したいと思います。
新共同訳 マラキ書 3章 1節3節
見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。あなたたちが待望している主は突如、その聖所に来られる。あなたたちが喜びとしている契約の使者見よ、彼が来る、と万軍の主は言われる。だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。彼は精錬する者、銀を清める者として座しレビの子らを清め金や銀のように彼らの汚れを除く。彼らが主に献げ物を正しくささげる者となるためである。
新共同訳 マラキ書 2章 4節7節
そのとき、あなたたちは知るようになる。わたしがこの命令を下したのはレビと結んだわが契約を保つためであったことをと万軍の主が言われた。レビと結んだわが契約は命と平和のためでありわたしはそれらを彼に与えた。それは畏れをもたらす契約であり彼はわたしを畏れ、わが名のゆえにおののいた。真理の教えが彼の口にありその唇に偽りは見いだされなかった。彼は平和と正しさのうちに、わたしと共に歩み多くの人々を罪から立ち帰らせた。祭司の唇は知識を守り人々は彼の口から教えを求める。彼こそ万軍の主の使者である。
新共同訳 エレミヤ書 33章 21節
わたしが、わが僕ダビデと結んだ契約が破棄され、ダビデの王位を継ぐ嫡子がなくなり、また、わたしに仕えるレビ人である祭司との契約が破棄されることもない。
新共同訳 エレミヤ書 33章 22節
わたしは数えきれない満天の星のように、量り知れない海の砂のように、わが僕ダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人の数を増やす。」
つまり、私は、レビ人でありまして契約の使者であります。
なかなかコメントが付かないので、私的な事ですがバレンタインデーに相応しい質問に答えようと思います。
Q 「どうして本当の愛 捜してるの?」
A これは、神の見えざる手が働いたか。気のせいか?そうでなければハマッタのです。
もう、ずっと過去の事になりますが、愛知の大道場で目の前の薔薇の花を指差しての、ある二人の会話です。
「この花、美女と野獣に出てきた花に似てるよね。」「あの人良い人なんだよね。」
それで美女と野獣に興味を持ったので、ディズニーの美女と野獣をレンタルしてきて見ました。DVDのパッケージの裏に本当の愛に関する事が書かれていますが、美女と野獣の一輪の薔薇の花は、私が尊敬するシンドラーのリストの最後にも出ていました。その他のドラマや歌にも登場するようです。皆さん、どうぞ捜してみて下さい。
新共同訳ダニエル書 12章 1節
その時、大天使長ミカエルが立つ。彼はお前の民の子らを守護する。その時まで、苦難が続く国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。しかし、その時には救われるであろうお前の民、あの書に記された人々は。
新共同訳イザヤ書4章 3節
そしてシオンの残りの者、エルサレムの残された者は、聖なる者と呼ばれる。彼らはすべて、エルサレムで命を得る者として書き記されている。
新共同訳ヨハネの黙示録 19章 12節
その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠があった。この方には、自分のほかはだれも知らない名が記されていた。
新共同訳ヨハネの黙示録 2章 17節
耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には隠されていたマンナを与えよう。また、白い小石を与えよう。その小石には、これを受ける者のほかにはだれにも分からぬ新しい名が記されている。」』
真理の霊の預言 後篇は、真理の霊に教え頂く時に、記したいと思います。







